熊本地震から10年、今回は用語教員の松本有希さんを紹介。松本さんがいる南阿蘇村では多くの子どもたちが被害を受けた。松本さんは地震の前の年にこの学校に赴任した。その後この村に1つだけの中学校に異動した。地震当時、家に住めるような状態じゃないという子供が多く、1習慣くらいたったころから保健室に子供がくるようになったという。しかし大きい音が怖いなどといった子供たちの声があった。当時保健室の先生に救われた人もいる。浬さんは小学校入学当時に地震にあい、地震を思い出すと過呼吸になってしまったりもしたが、松本先生の存在により、誰かがいてくれるというのは浬さんの支えになったという。松本さんは、子どもの心の傷は見えないものだからこそ思いをはsないといけないと話した。松本さんは3人の子供を育てている。松本さんは生まれて35日目で子供を亡くした経験がある。この日、松本さんの家に友達が遊びに来た。大津颯斗さんは5歳で被災し、自宅を失った。そして2年後には病気で父親を亡くした。松本さんは仕事で忙しい大津さんの母親を気遣って家に招くようにしている。颯斗さんは地震の時の記憶を話した。そして父親が亡くなった時、泣けなかったとも話した。その時のことを後悔もしているという。松本さんは、子供は親にばれないように頑張るが、本当はちょっときつい時にふっとこられる場所になったらと話した。この日は卒業式、松本さんはいろいろあったけどちゃんとそれも抱えながら前に進もうと歩く姿を見て幸せになってほしいと話した。
