上空ではヘリコプターが飛んでいたが2人に気づくことはなかった。実は、遭難した日の夜、2人は下山後、天川村の民宿に宿泊するつもりで予約を入れていた。弥山から下山すると告げていたため、民宿スタッフは遭難した可能性があると思い通報していた。翌日には2人の親族も現場に駆け付け、警察・消防は地上はもちろんヘリコプターを飛ばして捜索を開始していた。この日、ライターのオイルがなくなってしまった。焚き火の火を絶やさないよう、交代で夜中も焚き火の見張りをした。遭難4日目も上空が開けた場所に目立つ色のものを置いたり火をおこしたりして上空から気づいてもらえるように努力した。しかし、無情にもただただ時間だけが過ぎ去っていった。ついには遭難から1週間が経過した。野村さんはヘリコプターの音が聞こえなくなったことに気づいた。実は、警察や消防のみならず、ボランティアも加わって連日必死の捜索が行われたが、公的機関の捜索は遭難6日目をもって打ち切りとなっていた。
