烈公・徳川斉昭は寛政12年に徳川治紀の三男として生まれた。後の徳川幕府15代の将軍・徳川慶喜は彼の七男である。文政12年に30歳で水戸藩主の座につき混迷の幕末へと向かう時代に舵取りを任されていた。歴史学者の永井博さんは斉昭について攘夷ということでそれをスローガンにしたとのこと。攘夷とは国を脅かす外国人を追い払うという考えで水戸藩はその旗頭であった。普段は江戸が生活の拠点だった斉昭が藩主として初めてお国入りしたのは天保4年である。そして藩内随一と呼ばれた景勝地・七面山からみた景色を見てここに庭園を作ることを決めた。
