TVでた蔵トップ>> キーワード

「心斎橋2丁目劇場」 のテレビ露出情報

後藤はNSC14期生で川島は20期生。2人の入学願書の写真を紹介した。当時川島は後藤にすごいメンチを切られたなどと話した。その後2人はbaseよしもとで顔を合わせるようになり、次長課長の河本にかわいがってもらっていたそう。
後藤がエレキグラムだった頃の映像と川島の若手時代の映像を紹介。2001年にスタートしたM-1グランプリで後藤は6位という結果だったが、心が折れたどころではなかったと話した。一方川島は決勝に進出し、ひと晩でレギュラーが6本決まったという。その後後藤は第3回のM-1で優勝し雪辱を果たした。また後藤は大阪時代から漫才の賞レースで次々と優勝していた。
後藤はM-1優勝後に東京に進出したが、岩尾にはドラマや映画の仕事が入ったが、そのため後藤は劇場以外仕事がなかったそう。また川島も相方の田村がホームレス中学生でベストセラーになり、自分は“じゃないほう芸人”として過ごす日々を送っていた。そんな中後藤は有吉たちにいじられるようになり、川島も一人でネタを作りR-1グランプリに出場しナレーションの仕事が急増したそう。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年4月18日放送 13:30 - 14:30 テレビ朝日
ヒガシノヒトサガシ(ヒガシノヒトサガシ)
「東野幸治のピンネタ見たことある人」はいた。東野幸治のピンネタを見たことがあるという人によると、前説や後説にちょっとだけネタしていて「これは売れない」と思ったという。

2025年11月18日放送 2:05 - 2:35 日本テレビ
夜明け前のPLAYERS遠回りのPLAYERS
森田の人生グラフを紹介。少年時代について森田は団地出身で巨人の巨人に憧れエースの4番を目指していたという。しかし10歳で少年野球チームに誘われるが、外野を守っていたが、顔にボールが直撃し、挫折したという。さらにJリーグがブームになると今度はサッカー少年になったというが、また学校では面白い存在だったという。その後お笑いブームがやってきたがそれを先に発見したのが[…続きを読む]

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.