誠飛行隊の一員だった覚さんは、6年前に96歳で亡くなった。孫の陽平さんは何気なく見た誠飛行隊の記事の中に覚さんの名前を見つけ、本人に見せると特攻隊のことを語ってくれた。特攻隊のことを語る祖父の姿を見て、陽平さんは聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った、彼の中では心の奥にしまっていた辛い体験だったと話した。特攻に飛び立つことが決まった中、隊員たちは写真で笑顔を見せていた。覚さんは機体トラブルで途中の島に不時着し、その後特攻から戻った隊員を収容する振武寮に入っていたとみられる。再び特攻に飛び立つが途中で大破し、病院で終戦を迎えた。覚さんの長男の俊彦さんは、小学生の頃に物置で特攻に飛び立つ教え子から寄せられた手紙を見つけた。孫の陽平さんは、生き残ったことと教え子たちが特攻に行って亡くなった二重の苦しみがあったんじゃないかと思う、特攻は美化しないでほしいと本人が語っていたと話した。
