- 出演者
- -
オープニング映像。
沈んだ船を3Dで再現することで、特攻の実像が見えてきた。船を沈めたのは教官による特攻隊。音楽を愛する23歳の青年が率いてい。
- キーワード
- 特別攻撃隊
日本軍機の特攻を受けて航行不能となり沈没処分された米軍の掃海駆逐艦エモンズが沈む古宇利島の海を調査してきた菅教授は、フォトグラメトリーというデジタル技術を活用してエモンズを立体的に再現した。再現されたエモンズの砲門は水平方向を向いていたことから、特攻機は水面近くを飛んで突入したとみられる。エモンズの横には特攻機のものとみられる車輪が落ちていた。特攻に飛び立った約300機の中で旧式で低速の九八式直接協同偵察機に乗っていた誠飛行隊は、大刀洗陸軍飛行学校の教官と助教で編成された特攻隊だった。学校は廃校になることが決まっており、教官助教が余剰人員となって特別編成が組まれた。
映画「小屋番 八ヶ岳に生きる 劇場版」の告知。
- キーワード
- 小屋番 八ヶ岳に生きる 劇場版
誠飛行隊の小林隊長の妹・喜和子さんに話を聞いた。小林隊長は、1945年5月6日に出撃し戦死した。。クラシック音楽を愛し、読書を愛した23歳の青年だった。1945年2月になると日記に特攻への覚悟を感じさせる記述が増え、部下を率いる苦悩も記されていた。出撃2日前には美しい音楽に浸りたいという衝動にかられ、ベートーヴェン「運命」のレコードを探し求めていたことが記されている。飛行隊の誰がエモンズを攻撃した飛行機を操縦していたのかはわかっておらず、3Dデータから解析が進められている。喜和子さんは、2012年にエモンズが沈む古宇利島を訪ねた。喜和子さんは、国のために自分の命を捧げた人たちがいたと思ってくれるといいなと思いながらお花を投げたと話した。
映画「小屋番 八ヶ岳に生きる 劇場版」の告知。
- キーワード
- 小屋番 八ヶ岳に生きる 劇場版
誠飛行隊の一員だった覚さんは、6年前に96歳で亡くなった。孫の陽平さんは何気なく見た誠飛行隊の記事の中に覚さんの名前を見つけ、本人に見せると特攻隊のことを語ってくれた。特攻隊のことを語る祖父の姿を見て、陽平さんは聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った、彼の中では心の奥にしまっていた辛い体験だったと話した。特攻に飛び立つことが決まった中、隊員たちは写真で笑顔を見せていた。覚さんは機体トラブルで途中の島に不時着し、その後特攻から戻った隊員を収容する振武寮に入っていたとみられる。再び特攻に飛び立つが途中で大破し、病院で終戦を迎えた。覚さんの長男の俊彦さんは、小学生の頃に物置で特攻に飛び立つ教え子から寄せられた手紙を見つけた。孫の陽平さんは、生き残ったことと教え子たちが特攻に行って亡くなった二重の苦しみがあったんじゃないかと思う、特攻は美化しないでほしいと本人が語っていたと話した。
2000年に沖縄の海で見つかったエモンズは、崩壊が激しくなっていた。船首付近の穴はこの数年で大きく広がり、10年前は形が残っていた40n機関砲は崩落した。劣化が進む中、デジタル技術で今の姿を記録していくことが重要になると菅教授は話した。
海底の遺物を3D技術で可視化している海洋調査会社ウインディーネットワークは、十和田湖で日本具の練習機を発見して引き揚げた。さらに下田市沖で日本海軍の特攻兵器「海龍」を発見し、3Dを作成した。鹿児島湾に飛行機が落ちていると連絡があり、ウインディーネットワークの協力を得て調査を開始した。音波探査によって飛行機を見つけ、あらゆる方向から撮影。撮影したデータからフォトグラメトリーで作成した3Dモデルを専門家に見てもらうと、旧海軍が使用した零式水上偵察機とわかった。防衛研究所には零式水上偵察機が被弾し鹿児島湾に沈んだという戦闘記録が残されていた。海上特攻に出た戦艦大和の援護に向かう途中で、アメリカ軍機と交戦し不時着していた。その際に戦死した1人の梶原さんの甥・五昭さんに、見つかった機体の映像を見てもらった。五昭さんは海の中で機体が見つかったことを墓前に報告した。
飛行場を整備できないなか重宝された水上飛行機も特攻に使われた。速度が遅い水蒸気による特攻は、フロートを下駄に例えて下駄履き特攻と呼ばれた。零式水上偵察機の搭乗員だった神馬さんは、戦争体験を高校生に伝えてきた、。出撃することはなかったが、多くの戦友が特攻で命を落とした。
エンディング映像。
