TVでた蔵トップ>> キーワード

「新宿(東京)」 のテレビ露出情報

玉袋筋太郎さんと新宿アルタ閉館について伝えていく。新宿アルタは三越伊勢丹が運営するものの、売上の低迷を受けて営業終了を決めたのだという。きょう午後8時半閉店となる。45年前に立てられたファッションビルとなっていて、アルタという名前は既存のものにとらわれない・オルタナティブという言葉にあやかったものだという。7・8階がイベントフロアとなっているが、玉ちゃんはアルタができると戦後の闇市から明るい情報発信拠点に変わっていったと振り返った。アルタのあった場所にはかつては三越グループの二幸という食料品店があったという。1981年当時は小型FAXの展示イベントが行われ、石ノ森章太郎さんが似顔絵をFAXで送るお見合いイベントなども行われてきた。かつては携帯電話などの通信手段がなかったことからテレビ伝言板というモニターがあり、求人情報や占いなども流れていたという。アルタのファッションはかつてはDCブランド中心だったが、バブル期に入るとギャル系ファッションに移り、その後は手芸の店なども生まれ2010年代意向はアイドル関係のイベントも多く行われるようになった。アルタの名物は大型ビジョンで、ロッキード事件で当時皇太子だった天皇陛下の婚約内定や新元号発表、平成1年の11月11日を伝えることもあったが、1997年 サッカーW杯 アジア最終予選 日韓戦のパブリックビューイングも盛り上がった。
新宿アルタができて2年すると「笑っていいとも!」の放送が始まった。玉ちゃんは前身の「笑ってる場合ですよ!」は抽選がなく先着順で入場するスタイルで学校をサボって徹夜して並んだが、当時は違法路上ドラッグストアなど闇市のような雰囲気は残っていたと振り返った。いいともはテレフォンショッキングや曜日対抗いいともCUPといった人気コーナーで親しまれ、2002年には同一司会者により最も多く放送された生バラエティ番組としてギネス世界記録に認定された。若杉優貴氏は華やかな場所というイメージもあり聖地巡礼する観光客もいたと振り返った。渡辺直美さんはアカシアのロールキャベツを食べる・大道具さんとゲームをしながら過ごしたりし、いろんなことを学んだと振り返った。7階のスタジオの広さは約243.5平方mで8階にメイクルームと控室があるが、玉ちゃんはゲスト次第で花の数が変わっていて中には外にも花が並ぶことがあったと振り返った。倉田さんは放送当時のタモリさんは放送を終えると鉄道の時刻表や坂道の本などをよく読んでいたと振り返った。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年6月10日放送 19:00 - 21:00 フジテレビ
逮捕の瞬間!警察24時逮捕の瞬間!警察24時
東京新宿、職務質問を拒否する男がいるとの無線。男は仲間に電話をしているという。奪還は仲間が職務質問対象者を逃がそうとすること。男は逃げられないと諦めたのか、奪還に来た仲間の車もその場を後にした。男の尿検査の結果、コカインが検出された。

2025年6月10日放送 15:49 - 19:00 TBS
Nスタきょうのイチバン
きょうは北陸などで梅雨入りしたとみられる。きょうこの時間帯は傘について考える。活発な梅雨前線の影響で降り続く強烈な雨。九州北部では記録的な大雨となっている。線状降水帯が発生する恐れもあるとのこと。きょう梅雨入りが発表されたのは関東甲信と北陸地方。この時期きになるのが傘の持ち方。女性は腕にかけるスタイルが多かった。傘の横持ちについては東京都が危険性を呼びかけて[…続きを読む]

2025年6月9日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおび(ひるおび!)
西新宿整形外科クリニックで予測できるのは、子どもの未来の身長。検査内容は、現在の身長を測定し、手のレントゲン写真を撮影するだけ。身長の予測に重要なのが骨端線で、形や大きさなどから身長の伸び率を予測できる。生活習慣を改善することで、予測より身長が伸びる可能性はあるという。最近の子どもは、身長の伸びに不可欠な亜鉛が不足しがちだという。10年ほど前と比べ視力が低下[…続きを読む]

2025年5月21日放送 23:56 - 0:55 TBS
よるのブランチ不可能ミッション対決
ゲストのBALLISTIK BOYZ が答えて10答クイズに挑戦する。SNSで人気のストリートクイズをアレンジ。30秒以内に10問の正解を答える。問題のテーマは、ハンバーガー、ディズニーなど9個。問題「東京ディズニーランド、シーのアトラクションの写真を見て名前を答える」「楽器の写真を見て名前を答える」「マクドナルドのハンバーガーの写真を見てメニュー名を答える[…続きを読む]

2025年5月18日放送 15:20 - 16:30 テレビ朝日
路線バスで寄り道の旅徳光和夫一行 小粋なスポットを巡る路線バスの旅
次の目的地へ向かうバスの中でのトーク。東貴博は父親が亡くなってから芸能界入りしたという。自身が高校生の時に2世ブームがあり、ふざけて俳優になろうかなどと言っていたが父親から反対されていたが、父親が亡くなり葬式の時に萩本欽一が「芸能界に興味あるなら僕のところに来る?」と誘ってくれたという。  

© 2009-2025 WireAction, Inc. All Rights Reserved.