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「日本パラフェンシング協会」 のテレビ露出情報

引きこもっていた河井さん。後輩の活躍する姿を見てスポーツがしたいと思った。一人暮らしを決意。たまたま見つけた車椅子を固定し行うフェンシングを見つけた。パラバトミントンを挑戦を最初に考えたがコートを駆け回った自分と脚が動かない今の自分を比べるのが嫌だった。日本パラフェンシング協会に問い合わせると練習を見学することに。そこは日本代表の練習場だった。剣の重さは約750gで体重も半分・筋力も落ちていて剣を持ち続けることそらできなかった。そこで体重を増やすため食べることから始めた。最初はおにぎり半分も食べられなかったが数日後にはおにぎり1個分を完食。1年以上かけ食べる量を増やし、筋トレで基礎体力を増やしリハビリも再開。すると体重が戻ってきた。練習にも熱が入りスポーツで汗を流す久しぶりの感覚に笑顔が戻った。持ち前の運動神経で上達していく。この頃から目標はパラリンピック出場。だが脚の状態が悪く感覚がなくなり火傷にすら気づかなくなり、知らない間に骨折していることも。その後もフェンシングの数々の大会に出場。2023年にはフランスの大会で銅メダルを獲得。世界ランキングで上位にはなれずパラリンピック出場は厳しい状態だった。そんな時、バドミントン時代の仲間と再会。この再会が運命を大きく変える。バドミントンとはあえて距離を置いていた。5年ぶりにラケットを握った。シャトルを打つ高揚感は昔から何も変わっていなかった。フェンシングを諦めたくはなかったが、悩んだ末に再びバドミントンの世界に飛び込むことを決意した。この頃、左脚が黒く腫れていた。

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