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「日本史」 のテレビ露出情報

安土城の建造は昼夜を問わず行われ、その様は山も谷も動かんばかりだったと伝えられている。過酷な現場では落石事故によって一度に150人以上が命を落としたことも。現在、建物はほとんど失われ、当時の姿を目にすることはできない。ことし3月、安土城の発掘調査で出土した遺物の調査が進められていた。大量に発見されたのは天守に使われていたと考えられる屋根瓦。記録によれば、瓦の制作にあたったのは一観という人物。一観は“唐様”中国風の瓦を作るよう命じられていた。ところが、発掘現場から出土したのは日本で広く用いられてきた形の和様の瓦ばかり。安土城が築かれた16世紀後半、瓦の色といえばいぶし瓦の黒が一般的だった。宣教師や僧侶が書き留めた色付きの瓦こそが唐様の瓦ではないかという。信長の命を受け明智光秀が築いた坂本城の屋根瓦は化学分析によって色の正体が判明した。焼き方によって赤と黒の色を出したと考えられる。赤瓦はいぶし瓦に比べ強度が落ちるが、人の目を引く美しさを放っている。
中国の紫禁城は建物に使われる様々な色が使われていて、荘厳なイメージや権威を表現している。安土城のために造られた唐様の瓦は色彩の力で人々に新時代の到来を告げる信長の城造りの集大成だったのかもしれない。1581年、安土城が完成した。安土城を訪れ、実際に天守を目にした宣教師はその姿をヨーロッパの最も壮大な城に並び立つものであると評している。完成した安土城の姿を描かせた屏風を信長が宣教師に託したという記録が残っている。今、国際共同調査チームがその行方を探している。屏風はヨーロッパで貴重な宝物として扱われていた。安土城の完成からわずか1年後、信長は本能寺の変でこの世を去る。その直後、安土城の天守が消失した。おととしの発掘調査では、天守を支える石垣から敢えて城を破壊する破城の痕跡が見つかっている。信長の城の役割が終わったことを象徴的に示すように後継者となった羽柴秀吉が命じたのではないかと考えられている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年3月31日放送 20:10 - 21:54 テレビ朝日
謎解き!伝説のミステリー信長から秀吉へ!天下獲りに隠された7つの謎
農民出身の豊臣秀吉は10代で故郷の村を飛び出し織田信長に仕えた。秀吉の生い立ちを記した太閤素生記によると、継父との折り合いが悪かった。歴史学者・磯田道史先生によると秀吉は右手の指が6本ある多指症だったという。こうして村を出た秀吉は18歳頃に織田信長と出会い、雑用係として織田家に就職。秀吉が信長に認められたきっかけは信長の趣味である鷹狩のサポートだった。問題「[…続きを読む]

2026年3月29日放送 20:00 - 20:45 NHK総合
豊臣兄弟!豊臣兄弟!紀行
京都御苑の西側にあったとされる旧二条城跡(二条御所)は、織田信長が将軍・足利義昭のために作った居城。ルイス・フロイスによると、信長が陣頭に立ち、わずか七十日間で完成したという。堅固な石垣と堀で守られ、美しく広い庭が備えられていた。秀吉が晩年作庭に関わった総本山 醍醐寺の三宝院庭園に、二条御所に置かれていたという藤戸石が残されている。“天下の名石”とうたわれ、[…続きを読む]

2025年9月14日放送 21:00 - 21:50 NHK総合
NHKスペシャル戦国サムライの城 第1集|信長 驚異の“城郭革命”
信長が美濃を攻略、第2の城・岐阜城を築いた。岐阜城があったのは長良川の辺にそびえる金華山。山麓と山頂から信長時代の石垣が出土している。この場所から瓦が大量に発見された。当時はまだ城造りにおいては一般的ではなかった。出土した瓦の中には飾り瓦が見つかった。信長が暮らしていた山の麓の館に使われていたと考えられている。飾り瓦の化学分析を行うと金箔が貼られていた痕跡が[…続きを読む]

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