石川・輪島市にある日本航空高校石川。震災から2年が経っても約6割の生徒が東京・青梅市で生活しており、一部の授業は東京とリモートを繋いで行っている。能登半島地震では672人が死亡し、16万5376棟に被害が出た。日本航空高校石川の校舎は倒壊が危ぶまれる状況となった。山梨の系列校が生徒の受け入れを決め、野球部もそこで暮らすことになった。輪島市内の祖母宅で被災した福森誠也さんは避難所で祖母の近くにいるか野球部に戻るか悩み、監督やコーチ、チームメイトからの連絡もあって山梨に行くことを決めた。練習に参加した福森さんは「ずっと会えなかった仲間と顔を合わせることができて嬉しかった」などと話した。練習後には生徒達が自主的にミーティングを行い、「今高校野球をやる意義」について話し合った。
福森さんが気に掛ける後輩がいた。それが輪島市出身で当時1年生の石川智規さん。地震当日は家族旅行に出ていて無事だったが、自宅は全壊した。石川さんは「言葉に表せないなんとも言えない気持ち」などと話した。そんな石川さんを救ったのが野球部の仲間で、石川さんは「練習に出られなかった時に福森さんが声をかけてくれて心強かった」などと話した。
日本航空石川は去年のセンバツに選出された。七尾市の避難所職員の小梶さんは「こんなに嬉しいことはない」などと話した。チームの合言葉は「笑顔 感謝 恩返し」。この合言葉を胸に選手たちは全力でプレーした。
福森さんが気に掛ける後輩がいた。それが輪島市出身で当時1年生の石川智規さん。地震当日は家族旅行に出ていて無事だったが、自宅は全壊した。石川さんは「言葉に表せないなんとも言えない気持ち」などと話した。そんな石川さんを救ったのが野球部の仲間で、石川さんは「練習に出られなかった時に福森さんが声をかけてくれて心強かった」などと話した。
日本航空石川は去年のセンバツに選出された。七尾市の避難所職員の小梶さんは「こんなに嬉しいことはない」などと話した。チームの合言葉は「笑顔 感謝 恩返し」。この合言葉を胸に選手たちは全力でプレーした。
住所: 山梨県甲斐市宇津谷445
URL: http://www7.airnet.ne.jp/jaa/jaa-hs-home/
URL: http://www7.airnet.ne.jp/jaa/jaa-hs-home/
