45年前に新潟県佐渡市で北朝鮮に拉致されその後、帰国を果たした曽我ひとみさんがNHKの取材に対し文書で回答を寄せともに拉致され92歳の誕生日を迎えた母ミヨシさんについて「日本に帰ることを諦めないでいてほしい」と1日も早い再会を願う心境をつづった。1978年8月、曽我ひとみさんは母親のミヨシさんとともに北朝鮮に拉致。曽我さんはNHKの取材に文書で回答を寄せ母への思いなどをつづるとともにミヨシさんが拉致される前によく身につけていた青い着物やスカートなどを見せてくれた。青い着物はミヨシさん自身がつくったものだったということで曽我さんは「母の誕生日や私の誕生日、母に会いたいとき心配でたまらなくなるとき見ます。残された母の着物や洋服を着た姿が見たいので少しでも早く帰ってきてほしいと願いながら見ています」とつづった。曽我さんの成人式のために準備してくれていたものと思われ「母はどんな思いでこの着物を用意したのだろうと思った瞬間込み上げるものがあり涙が次々とあふれて止まりませんでした。母の優しさ、愛情が詰まったこの着物、私の宝物の一つとなりました」などとつづった。そして「とにかく母には元気でいてほしい。日本に帰ることを諦めないでいてほしい」とつづったうえで、日本政府に対し「まずは日朝間の話し合いの場を用意し拉致被害者全員の帰国を実現するべく交渉してほしいと切望しています」と1日も早い拉致問題の解決を求めた。