ウクライナから避難した60代の女性、スベトラーナさんは首都キーウ近郊の町ブチャの出身。ブチャはロシアによる住民の大虐殺が起き子供の連れ去りなど大規模な戦争犯罪が確認されている町。そこから、夫と娘そして、当時7歳の孫の4人で家族のつてを頼りに、何とか日本に避難してきた。今も、日本語には苦労しているようだ。その一方で孫のダニエル君は来日して3年、日本語はペラペラになっていた。しかし避難してきたばかりのころは日本の学校にうまくなじめない日々が続き他の子供とけんかをすることもあった。そんなダニエル君は避難先の子どもたちに交じって週1回の空手の稽古に励んでいる。2年前からこの道場に通い始め今では8級。青帯をもらうまでに上達している。そんなダニエル君が今、夢中になっているのが漢字の勉強。書いてくれたのは日本人でも知らないような難しい漢字ばかり。こうして、避難生活を通して日本の文化をどんどん吸収していくダニエル君。その一方で母国語のウクライナ語やその歴史も学んで入るが、避難生活が長くなるにつれてウクライナ語やウクライナの歴史についての学習が遅れてしまっているという。そのため2週間に1回ウクライナの子供たちが集まり学習する時間を作っている。子どもをウクライナ人の学校に通わせている母親は「子どもがウクライナ語を学び、祖父母と話せるようになってほしい」と話していた。
