広島・尾道市では小津安二郎監督の「東京物語」、大林宣彦監督の尾道三部作などの撮影が行われた。河本清順さんは故郷を離れた後、「尾道は映画の街」などと言われ、誇りに思ったという。帰郷後は母が営む焼肉店を手伝うなか、観光客に「映画の街なのに映画館がない」と言われるのを耳にした。清順という名前をつけたのは祖父で、鈴木清順監督に由来。厳格で無口な祖父だったが、映画館では喜怒哀楽をむき出しにした。清順さんは尾道に映画館を復活させるべく動き出すも、「人口30万人いないと1スクリーンも成立しない」というのが業界の常識だったという。尾道市の人口は約15万人。だが、埼玉・深谷市では約15万人なのに、市民が協力してミニシアターを存続させている。清順さんは2004年に「尾道に映画館をつくる会」を発足させ、上映会には約700席が満席になった。募金などで約1300万円を集めたが、改修費には800万円も足りない。それでも、奇妙な楽観主義から業者と契約を交わしてしまった。そんな時、手を差し伸べた1人が住職の加藤慈然氏で、互助精神「手合」について語った。
