東日本大震災からきょうで15年。復興の象徴と言われた「三陸鉄道」。深夜3時、指令員の成瀬さんは、岩手県宮古市にある運行本部にいた。列車の安全な運行を確保するため、運転士などに指示を出す仕事をしている。午前4時前、始発列車の運転士たちが出勤。宮古市の運行本部の指令員は7人で、27歳の成瀬さんは最年少。この日も無事に、始発列車を送り出した。成瀬さんは東京都に生まれ、幼いころから鉄道好きで、中でも三陸鉄道が大好きだった。その三陸鉄道も東日本大震災で被災。成瀬さんは、被災状況を見て、復旧するのは無理かと思っていたが、5日後に久慈と陸中野田の間で運転再開したというニュースを見て、すごいなと思ったなどと話した。三陸鉄道は、震災のがれきの中を走り、復興のシンボルとして地域の人々を勇気づけた。当時12歳だった成瀬さんは、三陸鉄道を励ましたいと、千羽鶴を折って久慈駅に届けた。それを受け取ったのが、現在の成瀬さんの上司である金野運行本部長。金野運行本部長は、当時は大変な状況だったから、とてもありがたく受け取ったなどと話した。2021年、22歳になった成瀬さんは、三陸鉄道に入社した。先月6日午前7時過ぎ、一部区間で、秒速20メートル以上の強い風が観測されたため、徐行運転をしなければならなり、成瀬さんも対応にあたった。仕事明けの成瀬さんの楽しみは、三陸鉄道の写真撮影。写真は、会社のポスターやパンフレットにも採用されている。季節ごとに撮る場所を変えて撮影しているという。成瀬さんは、運転士として入社し、指令員になった今も、列車を運転することがある。成瀬さんは、震災で大きな被害を受けた三陸鉄道が地域や全国から支援をもらい、運転再開・復旧することができた、それを今後も引き継いでいきたいなどと話した。
