塚本太郎さんの弟の悠策さんが千葉県松戸市で暮らしている。太郎さんとは12も年が離れていたそうで、太郎さんについてストイックで自分に厳しい人だったなどと話した。太郎さんが一時帰宅した時の写真では悠策さんは太郎さんの横で嬉しそうに笑っていた。回天は秘密の特攻だったため任務については何も話せなかったが、突然の帰宅に両親は何かを感じていたようだったという。そして太郎さんは別れ際に母親の着ている着物で座布団を作るように頼み、それを回天の操縦席に敷いて特攻した。母親の郁子さんは、あの座布団と同じ着物を着て太郎に会いに行くという言葉を残し亡くなったという。享年21歳だった。極秘作戦だった回天が初めて報じられたのは初出撃から4カ月後で、記事には太郎さんの名前もあった。当時について悠策さんは戦争という大きな渦に巻き込まれる雰囲気があったなどと話した。