核拡散防止条約の再検討会議に参加すべく、長崎市の鈴木史朗市長がニューヨークの国連本部を訪れた。同会議は原則5年に1度開かれ、核軍縮の方向性について合意を目指すものだが、過去2回、総括となる最終文書を採択できてない。市長の両親は小学生の時、長崎の自宅で被爆した。2月、母の智子さんは92歳で死去。原爆が投下された8月9日は智子さんの誕生日だが、大勢の人が亡くなったと、存命中は誕生日を祝うことを控えていた。鈴木市長はロビー活動に力を注ぎ、核大国の米露、核戦力の増強を掲げるフランスとも面会した。鈴木氏は「核兵器が使われるとどういうことが起きるか、本当にに絶対悪である以上の何物でもない」と訴える。演説では谷口稜曄さんの言葉を引用し、「忘却が新しい原爆肯定へと流れていくことを恐れる」と語った。核廃絶を阻む壁とは無知、忘却だという。
