アンガールズ田中が中京大学の馬部教授のもとを訪ねた。馬部教授は、本能寺の変の通説が変わるかもしれない史料を見せてもらった。花押が秀吉の当時のものと合致し、他にも紙質や行間の特徴などから本物の可能性が高い。書状の日付は秀吉が明智光秀を討ち取った日になっているが、次の日に光秀の本陣だった勝龍寺城がある西岡に行くと書かれていた。馬部教授は、秀吉はプレッシャーをかけた意味では貢献するが着いたときには白黒はっきりしていたということが見えてきたと話した。清洲会議では筆頭家臣である柴田勝家が有利な状況だったが、話し合いは不利な状況だった秀吉の思い通りに進んだ。清洲会議には信長を幼い頃から支えた池田恒興が加わった。秀吉は便宜を図る条件で池田との縁組を進めたが、光秀討伐から清洲会議までの2週間の間だった可能性が高いという。
住所: 愛知県清須市
