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「滴翠園」 のテレビ露出情報

飛雲閣は遊び慣れた公家や武家衆を唸らせた非公式の迎賓館。二層に行くと、そこには娯楽のための空間で歌仙の間と言う。壁や杉戸には平安時代に活躍したわいかの名人の三十六歌仙の小野小町や在原業平などの歌詠みの達人が姿が描かれる。居並ぶ歌仙の絵には特徴があり、皆御簾のしたに描かれる。歌人は杉戸の下に描かれ、庭から眺めると雅な出で立ちの人たちが遊びに興じているようにみえる。三十六歌仙に囲まれながら時を超えて和歌を楽しむことができる。飛雲閣の誕生については諸説あるが中でも最も有名なのが豊臣秀吉が贅を尽くして建てたもてなしの居城の聚楽第。金箔のかわらで覆われていた伝説の建物を譲り受けたという説。西本願寺の記録や、最近の研究によれば江戸時代のはじめに新たに建てられた一層の上に聚楽第の一部を移築して三層にしたという。その痕跡らしきものが建物の柱に。一層と二層をつなぐ柱には、不自然な継ぎ目があり後から上の階をのせたようにみえる。国の名勝庭園の滴翠園空眺める飛雲閣も客人が喜ぶ京都を代表する景観。その美観は江戸時代中頃の絵巻物にも。滴翠園十勝絵は庭師の長谷川さんはこの絵を元に美しい庭を保ち続ける。
住所: 京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル本願寺門前町

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年5月18日放送 22:00 - 22:30 テレビ東京
新美の巨人たち新美の巨人たち
本願寺は1272年に親鸞聖人を祀る廟堂を京都の五条の大谷に建てたのが由来。その後比叡山の衆徒や織田信長と敵対して各地へ移転を繰り返した。1591年に豊臣秀吉の庇護のもと、現在の場所に壮大な伽藍が建てられた。西本願寺は公家の子に生まれた宗祖親鸞以来、代々の門主が公家と深くつながってきた寺。そのために身分の高い人物をもてなす迎賓館の設えが作られ守られてきた。境内[…続きを読む]

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