秀吉が天下人とに歩みを進めるきっかけとなったのが賤ケ岳の戦い。且元は後に「賤ケ岳の七本槍」と称れるような活躍を見せ、秀吉軍の勝利に貢献した。武将としてはほかのチームに行ったらエースで4番だけどメジャーリーグ行ったら普通の選手みたいと浮世は言った。今で言ったら有能な官僚だという。官僚として認められた且元が担当したのが「太閤検地」。測量の基準を統一し、安定した年貢の徴収を可能にした要となる政策だ。「1595年当時 片桐且元の石高は?」とクイズが出た。正解は「1万石」。秀吉は政権の中で権力を与えるやつには領地を大きく与えなかった。
