ザヒ博士が王妃と断言するアンケセナーメンの可能性を秘めた2体のミイラ。しかし、それは見た目にもかなり痛ましい状態だった。ミイラが放置されていた間にナイル川が氾濫し、墓を濁流が襲い、体がバラバラになってしまったという。王妃と言える根拠の一つが左手。王妃のミイラは左手を握り胸に当てる決まりがある。王は両手、王妃は左手だけ。アンケセナーメンと同時代の女王ハトシェプストも実際この状態で見つかっている。さらに重要なのがミイラの見つかった場所。2体のミイラは王家の谷にある同じ墓から発見された。王家の谷に埋葬されたということは王族であることはほぼ確実。この墓の一番奥には部屋の中央に柱が1本だけある。これはアンケセナーメンが生きた時代の王妃の墓だけにみられる構図で、ここにいた2人は血縁関係にある女性王族とみられる。CTスキャンで解析した結果、20代と分かったミイラをザヒ博士はアンケセナーメンであるとしている。ザヒ博士が期待を寄せているのがDNA鑑定。実はミイラは鑑定を一度行っているが、当時の技術では完全な個人の特定までには至らなかった。しかし、最新技術を駆使した今のDNA鑑定なら解明できる可能性が。その調査のカギを握るのが大エジプト博物館で初公開されたツタンカーメンの子どものミイラ。ルクソール神殿にあったツタンカーメンとアンケセナーメンの夫婦像には彼らの絆の深さを示す痕跡がある。それは背後。ツタンカーメンの肩を支えるアンケセナーメンの手。激動の時代を生きた2人の愛は今も色褪せずに残されている。
