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「田沼意次」 のテレビ露出情報

作家の平岩弓枝さん。時代小説の御宿かわせみシリーズなどで知られる。作品の多くはテレビドラマになった。江戸情緒あふれる人情噺が人気を集めた。平成28年には文化勲章を受賞。人間を書く仕事をしてこれたことはありがたいことだと思うと語っている。昭和7年東京生まれ。代々木八幡宮の宮司の娘。高校と大学では演劇に夢中になった。裏方をやっていたという。日本女子大学文学部国文学科卒業。「長谷川伸先生は、生きるということは、生きる値打ちを探すことだとおっしゃった」と語る。「小説は物語を書くもんじゃないよ、人間を描くんだ、人間は一人一人違う」「平凡な人間こそ非凡なものを持っているんだ」「それが見えるようになったときに初めて物書きの目はすっと開かれる」と言ったという。昭和34年、「鏨師」で直木賞を受賞。27歳の若さで受賞した。殺到する執筆依頼に戸惑ったという。テレビドラマの脚本の依頼が舞い込んだ。長谷川伸先生は、テレビドラマはいまできたばかりだから第一線に並んで模索しながら書こうとしていると言い、「大いにやりたまえ」と言ったとのこと。平岩弓枝さんはテレビドラマを次々に手掛けた。連続テレビ小説「旅路」。国鉄職員とその妻を中心に、平凡に生きる幸せを描いた。その後、ふたたび小説に腰を据え「御宿かわせみ」を生み出した。江戸後期の旅籠を舞台にした。何度もテレビドラマ化された。「人間を描いているっていうことは多少その時代の制約とかあるが、人間って究極のところへいくと勇気を奮い起こすとか、あるいは優しさを出すとか冷酷になれるとか、過去も現在も同じだ」と語った。晩年は、悪名高い人物を取り上げた著作を発表した。「魚の棲む城」では江戸時代に賄賂で私腹を肥やした老中の田沼意次を描いた。実在の人物と取り組むときに、自分がまったく知らなかった人間像が明らかになってきたりするとわくわくするという。創作上の人物では描けない部分があるとのこと。91年の生涯だった。世の中の歴史の上に残らなかった人のいい生き方、すごい生き方、そういうものを発見して多くの人に知ってもらいたい。そういう仕事ができたらうれしいという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年11月16日放送 2:35 - 2:40 NHK総合
べらぼうな笑い(べらぼうな笑い 黄表紙 江戸の奇想天外物語!)
江戸時代に出版された「悦贔屓蝦夷押領」。物価が高騰していた鎌倉時代、高給取りだった源義経は兄・頼朝から家臣ともども鎌倉から追い出されてしまう。抜け穴を通り逃げた先は蝦夷。案内役として捕らえられた住民のダンカンはわざと道を間違え困らせようとしたが、天狗の助けもあり謎の王国にたどり着いてしまう。現地の武士を降参させ王国を手に入れ、ダンカンは義経の家臣になる。ダン[…続きを読む]

2025年11月5日放送 11:45 - 11:50 NHK総合
べらぼうナビかわら版(べらぼうナビかわら版)
御三卿は将軍家の親族である田安家、一橋家、清水家の3つの家のことで八代将軍 徳川吉宗は体の弱い徳川家重になにかあったときのために兄弟たちに将軍の後継者を出すように命じ、徳川宗武は田安家、四男徳川宗尹が一橋家、家重の息子の清水家が追加され御三卿となった。御三卿は江戸城内の屋敷と10万石の領地を賄料として幕府から与えられた。その後家基が暗殺され田安家から一橋家が[…続きを読む]

2025年10月28日放送 19:00 - 21:00 フジテレビ
今夜はナゾトレ学べるリズムナゾトレ
小中教科書に載る この偉人の名前は?。柳原可奈子は正岡子規、天草四郎、津田梅子までは正解するも4人目を回答できず不正解。4人目についてヒントは第45代内閣総理大臣。ヒント を受けて、タカは、吉田茂も正解。問題がシャッフルされ、宇治原史規が挑戦。徳川、徳川、津田、エジソンと回答し正解。問題がシャッフルされ、トシが挑戦。津田、伊達、宮沢、外国人と回答し不正解。同[…続きを読む]

2025年9月30日放送 1:20 - 1:47 NHK総合
大河ドラマでわかる日本史『タイガーさん』(大河ドラマでわかる日本史『タイガーさん』)
徳川家重の小姓を務めていた田沼意次はカネで世の中を回していこうと考えた。当時小判や貨幣はすでに流通していたがカネの手綱を握るのも簡単ではなかった。大河ドラマ第13作「元禄太平記」では幕府の禁断の経済対策を描いている。財政難だった幕府が打ち出したのは貨幣改鋳。元禄時代の貨幣改鋳で幕府は約500万両(現在価値に換算すると約5000億円)の収益を得たとされる。しか[…続きを読む]

2025年9月24日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日
グッド!モーニングGOOD!いちおし
歌麿は生まれてから18歳までの間、何をしていたか全く分かっていない。結婚もしていたかどうかはっきりと分かっていない。歌麿は10代で絵師としての人生をスタートさせる。妖怪画が得意の石燕に学び、彼の門人たちと作成した絵俳書「ちよのはる」が初めての作品といわれている。石要という名でナスに関する挿絵を担当した。29歳のころに蔦重で出会った。歌麿の名はこの頃から使い始[…続きを読む]

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