今月18日、横浜市で桑野信義のステージ舞台裏に密着。1980年にシャネルズのトランペッターとしてデビューした桑野信義。1983年にラッツ&スターに改名した後もヒット曲を連発し、スターに。バラエティー番組にも出演し“桑マン”の愛称で親しまれた。飾らない佇まいでありながら、音楽に向き合う姿勢は真剣。楽屋に入るとすぐにステージに向けての準備を始めた。この日は鈴木雅之の姉である鈴木聖美と共演。鈴木聖美も長年関わってきた盟友。長年積み重ねてきた関係だからこそ音にも妥協はしない。ステージに立つ時にはサングラスをかけないとダメでナヨナヨになってしまう、かけると変われるなどと桑野信義は明かした。サングラスの他に老眼鏡もあるといい、白内障の手術はして、遠くは見えるようになったが、老眼は治らないため老眼鏡を持っていると明かしていた。
ステージ直前まで周囲を明るくするコメントをしていた桑野信義だが、その裏にはがんとの壮絶な闘いがあった。2020年体調不良を受けて検査したところ、直腸がんのステージ3bと判明。先日発表されたデータによると大腸がんの5年生存率が67.2%。その厳しい数字と向き合う日々が続いた。桑野信義は死んじゃうんだなと思ったという。2021年に40周年ツアーを回ると決まっていたのでそれを目標として闘ったという。がん判明から約半年後、フジテレビの取材に応じた際には当時の心境を日記に綴っていた。諦めるのでは
なく、病気を受け入れるがんばろうとしない生き方が桑マン流の闘い方だった。この闘いを陰で支えていたのが鈴木雅之。LINEでしょっちゅう励ましてくれていたという。斜め左後ろのポジションは空けて待っているから帰ってこいよと励まされていたという。来年の2月に寛解の目安となる5年。誰よりも大切に音楽を届ける。桑野信義は、命は助かったが、再発する恐怖とはいつも闘っている。だからステージも1ステージ1ステージが最後だと思って全部パワーを出そうとしているという。
ステージ直前まで周囲を明るくするコメントをしていた桑野信義だが、その裏にはがんとの壮絶な闘いがあった。2020年体調不良を受けて検査したところ、直腸がんのステージ3bと判明。先日発表されたデータによると大腸がんの5年生存率が67.2%。その厳しい数字と向き合う日々が続いた。桑野信義は死んじゃうんだなと思ったという。2021年に40周年ツアーを回ると決まっていたのでそれを目標として闘ったという。がん判明から約半年後、フジテレビの取材に応じた際には当時の心境を日記に綴っていた。諦めるのでは
なく、病気を受け入れるがんばろうとしない生き方が桑マン流の闘い方だった。この闘いを陰で支えていたのが鈴木雅之。LINEでしょっちゅう励ましてくれていたという。斜め左後ろのポジションは空けて待っているから帰ってこいよと励まされていたという。来年の2月に寛解の目安となる5年。誰よりも大切に音楽を届ける。桑野信義は、命は助かったが、再発する恐怖とはいつも闘っている。だからステージも1ステージ1ステージが最後だと思って全部パワーを出そうとしているという。
