建物を巡りながら街の歴史や魅力を再発見するイベント「東京建築祭」。今回は港区で気になる大使館の内部や取り壊しの危機を乗り越えた歴史的建築を取材した。
151件の建築物が参加し、普段は見ることはできない貴重な場所の公開もある「東京建築祭」。カナダで最も有名な建築家の一人、日系カナダ人のレイモンド・モリヤマさんが設計したカナダ大使館。日本の皇室とも関係の深い大使館。案内してくれるのは広報の野口さん。このホールには高円宮後夫妻から寄贈された作品がある。カナダのクイーンズ大学に留学されたことがある高円宮さまはソープストーンのコレクターでもあった。平日は身分証提示で中に入ることが出来る。カナダ大使館では東京建築祭のために特別公開される場所が。外交をする大使館の要となるような部屋。庭園デザイナーの枡野俊明さんが手掛けたカナダ・ガーデンも見どころの一つ。案内してくれるのは大使館の首席公使のローリー・ピーターズさん。国土の約50%を占める世界で最も古い岩盤の一つ「カナダ楯状地」を平らな石で表現。そこから中央部にある大平原をぬけると、カナダの南西部にあるロッキー山脈に到達する。その先には穏やかな波を表したオブジェで太平洋が表現され、反対側にまわると、日本にたどり着く。
地下鉄・白銀台駅のすぐ裏手にある「港区立郷土歴史館」。壮大な構えの建物の設計を手掛けたのは東京大学の象徴ともいえる通称「安田講堂」などを設計した内田祥三。元々は「公衆衛生院」。手洗い・うがいなど感染を防ぐための調査や研究をしていた機関。当時、野口英世が所属していたアメリカのロックフェラー財団の寄付を受けて建設された。現在は港区の有形文化財として指定され、中を見学することも。旧講堂は朝ドラ「虎に翼」のロケ地にもなった。残されたものが館内の至る所に。郷土歴史館にはミンククジラの標本や港区で出土した縄文や弥生土器にさわれるコミュニケーションルームのほか、建物の中にはがん在宅緩和ケア支援センターなども入る複合施設。有効に活用されている文化財のことを“リビングヘリテージ”と呼び、港区には他にも。
港区芝浦にある「港区立伝統文化交流館」。目黒雅叙園なども手掛けた大工の棟梁・酒井久五郎が設計し、当初は芸者の手配からお金の管理、稽古場も兼ねた見番として使われていた。戦後は芝浦港などに全国から集まる港湾労働者たちの宿泊所として活用されてきた。2階部分には約100畳の広間に設けられた舞台。2000年には老朽化のため、一度は取り壊しが決定していた。町の人の10年近くにわたる請願の末、2009年に東京都から港区に譲渡され、有形文化財に指定。文化財と地域での活用の両面を実現するため、長い時間をかけて細かい部分までこだわり修復。今後、さらに当時の形に戻せる可能性を秘めたあるものが見つかっている。
151件の建築物が参加し、普段は見ることはできない貴重な場所の公開もある「東京建築祭」。カナダで最も有名な建築家の一人、日系カナダ人のレイモンド・モリヤマさんが設計したカナダ大使館。日本の皇室とも関係の深い大使館。案内してくれるのは広報の野口さん。このホールには高円宮後夫妻から寄贈された作品がある。カナダのクイーンズ大学に留学されたことがある高円宮さまはソープストーンのコレクターでもあった。平日は身分証提示で中に入ることが出来る。カナダ大使館では東京建築祭のために特別公開される場所が。外交をする大使館の要となるような部屋。庭園デザイナーの枡野俊明さんが手掛けたカナダ・ガーデンも見どころの一つ。案内してくれるのは大使館の首席公使のローリー・ピーターズさん。国土の約50%を占める世界で最も古い岩盤の一つ「カナダ楯状地」を平らな石で表現。そこから中央部にある大平原をぬけると、カナダの南西部にあるロッキー山脈に到達する。その先には穏やかな波を表したオブジェで太平洋が表現され、反対側にまわると、日本にたどり着く。
地下鉄・白銀台駅のすぐ裏手にある「港区立郷土歴史館」。壮大な構えの建物の設計を手掛けたのは東京大学の象徴ともいえる通称「安田講堂」などを設計した内田祥三。元々は「公衆衛生院」。手洗い・うがいなど感染を防ぐための調査や研究をしていた機関。当時、野口英世が所属していたアメリカのロックフェラー財団の寄付を受けて建設された。現在は港区の有形文化財として指定され、中を見学することも。旧講堂は朝ドラ「虎に翼」のロケ地にもなった。残されたものが館内の至る所に。郷土歴史館にはミンククジラの標本や港区で出土した縄文や弥生土器にさわれるコミュニケーションルームのほか、建物の中にはがん在宅緩和ケア支援センターなども入る複合施設。有効に活用されている文化財のことを“リビングヘリテージ”と呼び、港区には他にも。
港区芝浦にある「港区立伝統文化交流館」。目黒雅叙園なども手掛けた大工の棟梁・酒井久五郎が設計し、当初は芸者の手配からお金の管理、稽古場も兼ねた見番として使われていた。戦後は芝浦港などに全国から集まる港湾労働者たちの宿泊所として活用されてきた。2階部分には約100畳の広間に設けられた舞台。2000年には老朽化のため、一度は取り壊しが決定していた。町の人の10年近くにわたる請願の末、2009年に東京都から港区に譲渡され、有形文化財に指定。文化財と地域での活用の両面を実現するため、長い時間をかけて細かい部分までこだわり修復。今後、さらに当時の形に戻せる可能性を秘めたあるものが見つかっている。
住所: 東京都港区白金台
