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「直腸がん」 のテレビ露出情報

今週日曜日、自身がサポーターを務めるサッカー大会のため群馬・前橋市の会場にやって来たのはラモス瑠偉さん。去年2月、ステージ3の直腸がんと診断され闘病生活を送っていたラモスさんがピッチに立つのは約1年ぶりのこと。現役時代はエースナンバー「10」を背負い、名門・ヴェルディ川崎の黄金期を支えた。さらに感情むき出しでチームをけん引する姿がラモスさんの真骨頂。1993年、試合終了間際に失点しワールドカップ出場の夢が絶たれたアジア予選の最終戦は「ドーハの悲劇」として今なお語り継がれている。41歳で現役を引退。その後は監督などを務めた後、選手の育成、解説者として活躍。そんなラモスさんを襲ったのはステージ3の直腸がんだった。直腸がんは肛門に近い場所のため便が出なくなることが多く、進行すると腸が破れ、最悪の場合死に至るケースもあるという。ラモスさんが診断されたステージ3は10人中約3人が術後5年以内に再発するとも言われている。闘病中しばらくは周囲にがんであることを明かしていなかった。去年4月、サッカー大会に足を運び、子どもたちに諦めない心を伝えていた。74kgあった体重も20kg近く痩せたという。放射線治療と抗がん剤治療後、去年7月にがんの除去・人工肛門の取り付け手術を受けた。現在は人工肛門も外れ、主だった治療はしていない。今は食事でバランスを取って治そうとしているという。
ラモス瑠偉さんは3日前に戻ってきたピッチで試合に負けて悔しがる子供に仲間を信頼するという言葉をかけた。今回の闘病で仲間の大切さを改めて実感したという。仲間の中にはラモスさんが所属する事務所の社長・EXILE HIRO、現役時代からの盟友でFC今治オーナー・岡田武史氏もいた。ラモスさんは「こういう仲間がいるってことは本当に幸せ。できるだけ彼らに安心させるために早く復活すること」、奥さんについて「感謝より尊敬」と語った。最後の今後の目標を聞いてみると「W杯の仕事をしたい。恩返しできることが仕事しかない。岡田さんたちの力になれたら…。また一年が早く終わってしまうね。がんなんかに負けてたまるか。今度のラモスはワケが違う」と語った。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年6月25日放送 18:10 - 19:00 NHK総合
首都圏ネットワークがんの話をしよう
渡邊繁允さんは4年前にステージ4の直腸がんと診断され、肺にも転移している。この日は自宅から約30km離れた病院へ車で向かった。自宅から3kmにある市内の病院では治療が受けられないため遠くの病院に通っているという。市内の病院では年間の赤字額が約2億2000万円上り、厳しい経営状況のなかで放射線治療機を買い替える費用を捻出することが難しく、治療再開の目処がたって[…続きを読む]

2026年4月5日放送 7:00 - 7:30 TBS
健康カプセル!ゲンキの時間(健康カプセル!ゲンキの時間)
8年前、53歳の時に大腸がんが見つかった佐藤さん。当時会社員だった佐藤さんは毎年欠かさず健康診断を受け、健康には気をつけていたという。検査を思い立ったのにはある理由があり、突然お腹を下す症状に悩まされていたため念の為大腸内視鏡検査を受けることとなった。この時、直腸付近に約2cmの腫瘍が発見され小泉先生のもとで精密検査を受けた結果「直腸がん」と診断された。大腸[…続きを読む]

2025年11月27日放送 9:50 - 11:30 フジテレビ
ノンストップ!NON STOP!タブロイド
今月18日、横浜市で桑野信義のステージ舞台裏に密着。1980年にシャネルズのトランペッターとしてデビューした桑野信義。1983年にラッツ&スターに改名した後もヒット曲を連発し、スターに。バラエティー番組にも出演し“桑マン”の愛称で親しまれた。飾らない佇まいでありながら、音楽に向き合う姿勢は真剣。楽屋に入るとすぐにステージに向けての準備を始めた。この日は鈴木雅[…続きを読む]

2025年11月20日放送 20:58 - 21:54 テレビ東京
ナゼそこ?(ナゼそこ?)
高知・徳島・愛媛3県境付近の標高490mの山奥にたった1人で暮らす小松フキ子さん(91)を訪ねた。ドローンを使って山の険しさを紹介する映像を撮影していると、フキ子さんはドローンに興味津々だった。家の中には66歳で他界した息子の大きな祭壇があった。そのままにしているという部屋を見せてくれたフキ子さんの涙の理由を探るべく生活に密着した。取材スタッフと案内してくれ[…続きを読む]

2025年10月23日放送 5:00 - 6:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本(特集)
北海道・音更町に現役の100歳の社交ダンサー 坂東義博さんがいる。戦時中に10代を過ごし、16歳で少年飛行兵学校に入学するも、同僚の多くを特攻で亡くした。戦争の辛い記憶を引きずりながら、就職した会社で社交ダンスと出会った。定年退職後に、本格的にダンスの道へ。65歳で指導者の資格も取得した。健康の秘訣は仲間とダンスを楽しむことだという。

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