なぜ武士たちはお金に困っていたのか。耕地面積の拡大で米の生産量はあがるが人口が爆発的に増えたわけではない。米価安が進みがちになる一方で経済発展で物価高が進んでいく。インフレは進むが武士の手取りが増える保証はなく、多くの武士が借金漬けになっていく。江戸後期の薩摩藩は商人から500万両を借金した。相対済し令は金銭の貸し借りに伴う訴訟に幕府は介入しないとして当事者同士で解決するよう命じた法令。武士のほうが身分が高いため商人は泣き寝入りをすることもあった。牧原教授は、対馬藩宗家の江戸藩邸の日記を見ると対馬藩は3年に1度江戸に来るが江戸の独自ルールをよく知らずに士が町人に騙されたとある、嫌なことがあると奉公人がすぐ辞めてしまった、ただ単に大名や武士が上にいて威張ってたわけではないと解説した。