アプリの修正は前日までかかっていた。アプリには仲間から出たアイデアも採用し、各ブースの予約機能やその地図も加えていた。お金が絡むためミスは許されないが、アプリへの登録が当日に集中しパンクしてしまっていた。容量を増やすため急きょプログラムを書き換えていった。この日は学生だけでなく、町の人たちも出店してくれている。その数は50店舗以上であり、キャッシュレスで決済するためにはアプリが必要となる。お客さんが到着する前に何とか復旧ができていた。文化祭が始まりアプリを使わない人のために入場管理は紙でも対応する。プリペイドカードも用意し、これも仲間のアイデアであった。理事長の寺田さんも東京からやって来ていた。寺田さんも早速購入し「バージョンアップした。めちゃめちゃ気合を入れて準備してきたので感慨深い」などと話していた。慧思さんは歌っていたがこんなときも威力を発揮し、十二色に変化するコンサートライトとなっていた。2日間で1500人以上がアプリに登録し、大きなトラブルはなかった。文化祭の目玉は学生と町民が一緒になり、途絶えていた伝統行事の棒搗きを復活させることであり、棒を高く上げることが町の誇りであった。開校して3年で全国から集まった学生たちはしっかり神山の子になっていた。岡山市は慧思さんの故郷で久しぶりの里帰りとなり、家族団らんであった。慧思さんは4人兄妹の長男で起業家精神の芽生えは幼い頃まで遡る。自分の欲しかったものが買ってもらえない家だったため、自分でカードを書いたりおもちゃを自分で作っていた。欲しいものをむやみに買い与えないエンジニアの父・賢吾さんの方針であった。今回の里帰りは稼げるアプリのリサーチでもあり、学校の行事や連絡事項を伝えるプリントは社会見学のお知らせで弁当が必要となっていた。小学生2人が持ち帰った一月分のプリントは結構な量となっており、アプリを使ってプリントを整理しようとしていた。秋も深まった11月中旬、稼げるアプリを作りたいと慧思さんは仲間を募った。進路に悩んでいた井上明さんも一緒にやりたいと手をあげてくれていた。調べてみるとすでに同じサービスを展開する会社もあった。少しずつ開発を進めていたアプリは「デジアクト」と名付けた。慧思さんがそのアプリを持って向かったのは近くにある神山中学校である。今回が3度目の売り込みとなっていた。このアプリは連絡事項が日付別に整理され、見落としが防げ紙の配布さえ不要となる。まずは先生たちが試すこととなった。そんな中突然大きなチャンスが舞い込んできていた。
