愛媛県の山奥に1人で暮らす栄子さんに密着。水道通っていないため山からの湧き水を生活用水にしていた。栄子さんはスタッフのためにナスの揚げ浸しやゴーヤチップスなどお昼ご飯を用意してくれた。4人姉妹の長女だった栄子さんは松山市の高校に進学したが、常日頃両親から跡取りは任せたと言われていた。就職せず18歳で集落に戻り、21歳のときにお見合いで婿入りを条件に結婚。3人の子宝にも恵まれ、長男は家を守るため集落に残り地元で林業に励んだ。夫は悪性リンパ腫のため47歳で亡くなった。長男も38歳で肝臓がんで亡くなった。栄子さんは今も1人で家を守り続けている。