1955年に自民党は結党した。7月の参院選。日本人ファーストを訴えた参政党。台風の目となった。神谷宗幣代表は、自民党に対する失望が理由だという。林芳正氏は保守を訴えた。高市早苗氏は保守政党だという。石破茂前総理大臣は自民党の現状に危機感を示していた。保守の精神は寛容の精神として示されていた。戦後保守の中心は、すべて権力の行使は抑制的にやろうという姿勢だった。自民党が目指した保守とはなんだったのか。1951年のサンフランシスコ平和条約の締結で日本は主権を回復。吉田茂総理大臣は自由党の総裁だった。1955年に社会党の統一をうけ、その台頭を危惧し自由党と鳩山一郎総理大臣ひきいる日本民主党が合同となり自由民主党が結党した。保守合同となった。
