TVでた蔵トップ>> キーワード

「臼井さん」 のテレビ露出情報

二宮アナは「歌が生まれたのは神戸ではあるが、福島ですとか熊本ですとか、神戸から遠く離れた場所でもそれぞれの思いを乗せて届けられている。地域を越えて歌詞にある『僕たち私たちの歌』になっているんですね」などとコメントした。取材した井上さんは「歌詞に“神戸”と入っているが、そこを被災した各地名に変えて歌われており、神戸以外の場所でも広く共感を得られる歌なのだと感じた。特に『地震にも負けない』『亡くなった方々の分も毎日を大切に生きてゆこう』などストレートな歌詞は、臼井さんの無力感の中から前を向こうとする希望を探し生まれたもので、その力強さが被災された方々を勇気づけるのだと思う。一方でストレートな歌詞がゆえに震災で大切な方を亡くされた方からは『歌えない』『聴けない』という声があることも取材の中で知った。臼井さんはこの歌を県外の被災地に届ける際、『衣食住がままならない被災直後の方々にはすぐに届けない』と慎重になっていたという。被災の状況・心の傷はそれぞれ異なる中、この歌が必要な人に適切なタイミングで届いていってほしいと感じている」と話した。「しあわせ運べるように」は2021年に神戸市の「市の歌」に制定され、神戸市の小中学校の防災に関する教材でも紹介されており、多くの学校で歌われている。しかしただ歌うだけでは震災を経験していない子どもたちにとってどこか他人事となってしまうため、歌とともに当時の状況やいまの災害・今後起きうる災害に思いを寄せることも大切。「NHK神戸放送局」では「しあわせ運べるように」にまつわるエピソード・思い出を募集中。また、今週日曜日に臼井さんを偲び歌い継ぐ会「臼井真メモリアル『偲び、うたいつぐ』」が行われる。開催場所はコミスタこうべ、参加は無料。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年11月6日放送 13:05 - 13:55 NHK総合
列島ニュース列島ニュースアップ 神戸局
ことし「しあわせ運べるように」を作った臼井真さんが亡くなり、9月に追悼式が行われた。この歌は震災で変わり果てた神戸の街を見た臼井さんの無力感から作られた。震災から31年経ったいまもそれぞれの心の中で生き続けている。この歌に出会い救われたというのが歌手・森祐理さん。阪神・淡路大震災で弟の渉さんを亡くした。22歳だった。3人きょうだいの末っ子の渉さんは森さんの習[…続きを読む]

2026年3月10日放送 2:17 - 3:03 NHK総合
阪神・淡路大震災31年 しあわせ運べるように 神戸から福島、そして能登へ(阪神・淡路大震災31年)
福島しあわせ運べるように合唱団は二本松市で活動している。団員は20人で小学生から大学生までが一緒に活動している。2011年東日本大震災が発生し二本松市でも放射能汚染の不安にさらされながら暮らさざるを得なくなった。しあわせ運べるようには阪神・淡路大震災直後の神戸で生まれた。小学校の音楽教諭臼井さんが作った。当時二本松市には浪江町の仮設住宅団地があり合唱部に歌っ[…続きを読む]

2026年3月10日放送 1:50 - 2:17 NHK総合
地域特集(震災31年 守りたい、だから伝える)
和歌山・串本町はロケットビジネスで地域活性化をはかる県有数の観光地。串本町は南海トラフ巨大地震が発生すると、津波が到達するまでの時間は最短で2分・最大18m。最悪の場合、犠牲者数は8200人(和歌山県想定)。去年11月、町の避難訓練に記者・アナウンサーなどが参加し、各局のニュースで放送。

2026年1月12日放送 6:10 - 6:40 NHK総合
ひむバス!(ひむバス!)
早速小学校へ向かう一行。ルミナリエで歌われる曲は30年間歌い継がれる「しあわせ運べるように」という曲。楽曲は阪神・淡路大震災の際に臼井真さんが作った曲で、当時から合唱団を教えていた室屋さんが引き継いだのだという。この30年で曲は悲しい思い出を歌うものから元気になるために歌う曲になったと語る室屋さん。説明を受けている間に桂木小学校に到着。

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.