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「航空自衛隊浜松広報館 エアパーク」 のテレビ露出情報

今年に鳥人間コンテストに出場したある大学生には絶対に今年出場しなければならない理由があったという。1977年に放送開始された鳥人間コンテストは湖に飛び込むだけの大会だったが、今では最長記録69.682kmとなっており大空を飛びたいという夢に向け青春をかけて挑む大会となっていた。出場するためには機体の設計図や過去の実績などを元にした厳しい書類審査を通過しなければならないという。そんな鳥人間コンテストに今年は気になる出場申込書があり、出場理由の欄に書かれていたのは「安藤には時間がない」とのこと。その安藤さんが所属する静岡大学ヒコーキ部を羽鳥慎一アナが訪ねることとなった。真夏でも軍服姿の設計チーフ・安藤裕飛さんの将来の夢は飛行機の設計士である。そのため飛行機愛が止まらず、漫画の主人公のような独り言をつぶやくこともあった。だが父・寿祥さんが4年前に見つかった大腸ガンが肝臓や肺に転移し去年ステージ4まで進行していることがわかった。自動車や船の製造に関わる技術者として働くお父さんは幼い頃からずっと憧れのヒーローだったため、お父さんのような技術者になりたいとなっていた。また誕生日には手作りの蒸気機関車ケーキが出され、安藤くんは自然とものづくりの世界に心を奪われていった。週末は決まって工場や博物館などお父さんとお出かけをし、3歳の時に連れて行ってもらった航空自衛隊の展示施設で飛行機の魅力に出会った。成長した姿を見せてお父さんを安心させたいという思いがあったが、その挑戦は簡単ではなかった。静岡大学はチーム最高記録がわずか272mという弱小チームで6年間大会に出場することもできずにいた。さらに1機の制作費が数百万円かかるといわれる人力飛行機だったが、静岡大学は弱小チームのため資金不足となっていた。それを「なければ作れ」という父の教え通り、1から何でも手作りで乗り越えてきた。節約のため連日深夜まで作業し、部員55人で力を合わせ作りあげた機体はデザインにもこだわりがあった。作るのはお父さんと見た思い出の飛行機である。
迎えた本番当日、夢の舞台に立った安藤くんは「ちょっと緊張してるんですけど正直わくわくが止まらないです」と話していた。お父さんは体調を考慮し自宅で観戦となった。思い出のF2を再現した機体は幅約30mでこだわりは細部の塗装まで行われていた。安藤くんは機体の責任者としてボートで並走することとなる。記録は44mでわずか5秒のフライトとなったが「絶望はしない。必ず借りは返します」と話していた。スタジオには安藤寿祥さんが来ており、フライトを振り返って「全然ダメで色んな人に背負っていたからこそ悔しかったが、お父さんにはよくやったと褒めてもらった」とのこと。最後には「また一からやり直して、もう一度琵琶湖に舞い戻ります」と話した。
住所: 静岡県浜松市中央区西山町無番地

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年9月3日放送 19:00 - 21:00 日本テレビ
鳥人間コンテスト人力プロペラ機部門
静岡大学ヒコーキ部は6年ぶりの出場。安藤裕飛さんの父の寿祥さんはエンジン関係の技術者。ステージ4の癌を患い毎月抗がん剤治療を続ける。チームの最高記録は272mで、各めバーが他チームで武者修行し各性能を向上した。

2025年1月10日放送 13:55 - 14:53 テレビ朝日
午後もじゅん散歩午後もじゅん散歩 浜松
高田純次が浜松を巡った。続いて訪れたのは航空自衛隊 浜松広報館 エアーパーク。この施設がある航空自衛隊 浜松基地はアクロバット飛行チーム・ブルーインパルスが誕生した場所。ブルーインパルスの飛行シミュレーションなどが体験できる。

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