13年前に贈られた葛尾村のミシンは、今も大切に使われている。縫製業を営んでいた土生偕子さんは震災当時、自分に出来る支援をしたいと葛尾村にミシンを贈った。葛尾村は東京電力福島第一原発の事故で、一時村に住む全ての人が避難を余儀なくされた。その後、一部地域を除いて解除されたが、村で暮らすのは事故前の3分の1に留まっている。土生さんが贈ったミシンは村のパッチワーク教室で使われている。土生さんのミシンが支援物資として届いたのは原発事故から2年後だった。松本さんはミシンを贈ってくれた土生さんにお礼の手紙を書き続けている。土生さんは松本さん達の作品を福岡で展示することにした。土生さんは震災後、葛尾村だけでなく東北各地にミシンを贈っており、福島市の人たちとも交流を続けている。
