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「豊島のこころ資料館」 のテレビ露出情報

国内外から多くの観光客が訪れるアートの島として知られる豊島。かつては、ゴミの島と呼ばれた。今から35年以上前、国内最大級の産業廃棄物の不法投棄事件が発生した。その産廃事件の現状を、夏休み中の小学生が学ぶ合宿が先月開かれた。子どもたちに教訓を伝えようと取り組む女性を取材した。清水萌さんは、産廃問題をきっかけに設立された認定NPO法人のメンバー。8年前から、豊島の保全や、環境教育に取り組んでいる。夏休み中の小学生が豊島に集まり、一泊二日の日程で行われた合宿で、今年初めてガイドを担当することになった。1980年代、香川県から許可を受けた業者が、約91万トンの産業廃棄物を不法投棄した。島の住民で作る組織「豊島住民会議」と弁護団の粘り強い訴えにより、業者を摘発。責任を認めた県によって、廃棄物は島の外へ撤去された。しかし、現時点でも地下水の浄化は、達成のめどがたっていない。7月下旬、ガイドの準備を進める清水さんを訪ねた。子どもたちを案内する場所のひとつ、産廃事件の資料を集めた資料館。実際の廃棄物をはぎ取った展示もある。子どもたちを対象にした合宿は去年初めて開かれた。安岐さんは、元々豊島で漁業をしていたが、産廃問題がきっかけで廃業。島民で作る豊島住民会議の事務局長として、住民の先頭に立ち、問題の解決にあたってきた。さらに、語り部の1人として、外から豊島を訪れた人に、現状を伝える活動にも生涯をかけて取り組んできた。今回も安岐さんに、子どもたちへの説明をお願いする予定だったが、今年4月75歳で亡くなった。清水さんの父、善朗さんは豊島弁護団の弁護士の1人。清水さんが豊島に関わり続けるのは、幼い頃に豊島を訪れた体験が、大きく影響しているという。これまで安岐さんと活動を共にしてきた清水さんが何より伝えたいのは、安岐さんが繰り返していたある言葉だという。「自分の今が良ければ良いわけではない。未来・社会を考えて、行動を選択してほしい」安岐さんが大切にしたかったこと、同じ思いを持って伝えていこうと思っているので、自分の言葉で伝えられるガイドになれればいいかなと思っていると清水さんは語る。安岐さんが亡くなったあと、別の語り部の男性にサポートしてもらい、準備を進めてきた清水さん。改めて、事件の歴史を学び直した。今回の相手は小学生。子どもたちにも伝わる言葉でガイドをするため、社会の教科書なども参考にした。準備したのは、すごろく形式のワークシート。時系列に沿って、およそ半世紀に渡る出来事が並び、簡単な短い言葉で説明されている。さらに、空欄をあえて設けた。子どもたちに考えてもらい、当事者意識を持ってもらおうという工夫。そして迎えた合宿の当日。香川県や岡山県から、小学生15人が参加した。産廃問題の現状や、回復した自然に触れる一泊二日のプログラム。島民たちが県内各地で、現状を伝える座談会や、抗議活動を繰り返し、その不屈の行動が、社会全体を動かしたことも伝える。清水さんの言葉を聞いて、子どもたちは何を感じ、自分が豊島にいたらどう行動したのか想像する。

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