「英雄たちの選択」の磯田道史が「武士がちょんまげなのはなぜ?」と聞いてゲストが答えを予想した。正解はムレるから。國學院大學の根岸茂夫名誉教授の解説。戦いで頭に血がのぼっているところに重たいかぶとをかぶることでとてもムレた。平安時代に冠や烏帽子が流行し、それがずれないように髪を集めて帽子の中で結んでいた。「貞丈雑記」にも記されている。当時丸坊主にするのは僧侶と決まっていて僧侶と区別するため武士は髪を残した。剃り上げた部分「月代」に「髷」を乗っけたちょんまげが誕生した。月代を作ることは「いつもで戦える」という意思を主君に示すためだった。戦国時代になり庶民も戦に駆り出されるとちょんまげが一般に広がる。江戸時代にはファッションとして定着。ちょんまげは一般の人々に根づいた日本の文化となった。明治政府はちょんまげの断髪を推進したが岩倉具視は断髪に反対派だった。政府にはアメリカやヨーロッパとの不平等な条約への焦りがあった。西洋と対等な関係を築くために岩倉使節団が渡航。歓迎ムードに思えたが、まげと和装の岩倉を嘲笑する風刺画が描かれアメリカ留学中の息子たちからは「文明開化を目指す国の使節としてはふさわしくない」と言われた。岩倉は断髪をして一気に西洋化することを選んだ。岩倉は滞在中のシカゴで断髪。同行した佐佐木高行の日記に記されている。岩倉断髪の知らせは日本にも衝撃を与えた。明治6年、ついに明治天皇が断髪しちょんまげ文化は終わりを迎えた。ちょんまげになるのが長年の夢だという視聴者の宮崎大翔さんがこのあと生放送でちょんまげ姿に変身する。