武田信玄が支配した信濃は河川を用いた物流で栄え、その先にある日本海の港を手中に収めれば甲斐、信濃が全国と繋がる。だが、川中島の戦いで武田信玄は上杉謙信に勝つことはできず、病に伏せることとなる。対する謙信はニ度に渡って上洛し、二度目には室町幕府13代将軍の足利義輝と謁見。義輝に金3百両、その母親に銀千両を献上し、義輝から関東管領という役職が与えられた。関東平定の権限を幕府が認めたことを意味し、急速に勢力を拡大する北条氏に反発する勢力を味方につけることができた。上杉軍は北条氏を小田原城に押し込み、関東の大部分を勢力下におさめることができた。