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「釜石東中学校」 のテレビ露出情報

岩手県釜石市、12年前大津波が街を襲った。死者・行方不明者は1000人を超えた。この街で語り部をする川崎杏樹さん。震災当時は中学2年生。通っていた中学校は津波に飲まれてしまった。川崎さんが津波から逃げた坂道。避難していた小学生たちの手を引き、1.6km先の高台まで必死で走った。川崎さんが高台から見た当時の光景を語った。あの日の記憶を伝えていきたい。川崎さんは3年前、地元の震災伝承施設に就職した。特に力を入れているのが、実際に避難した道を参加者と共に歩き、追体験してもらうことだ。伝承施設では、実際の被災経験を語れる職員は少なく、ほとんど川崎さんが担っている。多くの人々に話をしてきた川崎さん。活動に手応えを感じる一方で、不安を抱くようになった。自分の語ることが、災害の時に命を守る行動につながるのか、最善の行動を伝えるものなのか。言葉の重みに責任を感じ始めた。
全国の語り部は、こうした悩みにどう向き合っているのか。NHK福島放送局では、500人以上にアンケートを行った。戦争・災害・公害などを伝える語り部から、200を超える回答が寄せられた。そのアンケートを東北の語り部のもとに届ける。話してみたい人や地域を決めてもらい、悩みを分かち合い、活動を続けるヒントなどを語り合ってもらうことにした。川崎さんが訪ねるのは、阪神・淡路大震災で被災した地域だ。
住所: 岩手県釜石市鵜住居町第19地割28-3

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年3月11日放送 0:55 - 1:50 日本テレビ
NNNドキュメント(東日本大震災13年 生きる支え 私のこれまでとこれから)
盛岡市の交番で勤務する海藤さん。祖母のミネ子さんは津波で今も行方不明のまま。海藤さんが通っていた鵜住居小学校と隣に建っていた釜石東中学校の跡地にはラグビーのスタジアムが作られた。当時、小学校にいた海藤さんたちは中学生たちと一緒に避難したという。祖母のミネ子さんは踊りの会を率いて多くの弟子を抱えていて、祖母を訪ねて自宅は来客が絶えなかったという。祖母は津波の時[…続きを読む]

2024年3月7日放送 23:00 - 23:59 日本テレビ
news zero#いのちともに守る 民放 NHK 6局防災プロジェクト
紺野堅太さんは13年前兄のように慕っていた大切な人を亡くした。当時紺野さんが通っていた釜石東中学校があったのは海から約500メートル。最初に激しい揺れを感じたのは校舎の3階であった。釜石東中学校・鵜住居小学校は日常的に防災訓練が行われていたためこの日も津波に逃れるため訓練通り高台を目指した。紺野さんは「ただ本当に呆然ともう街なくなるんだという感じで見てました[…続きを読む]

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