宮城・塩釜市の塩竈みなと祭。御座船と呼ばれる船が神輿を乗せ、松島湾を一周する。海の安全と豊漁を祈願する祭りで、日本三大船祭りの一つともいわれている。神社の行事をサポートしている氏子青年会の佐藤太一さん、32歳。高校一年生のときから神輿を担ぎ、いまや中心メンバー。佐藤さんには5歳と1歳の息子がいる。自宅には手作りのみこしがあり、息子たちが担いで遊んでいる。
今から21年前の2005年、佐藤太一さんの父・正和さんは担ぎ手として塩竈みなと祭を支えていた。父と一緒に担いだのは高校生の時。しかし、2014年に正和さんが62歳で亡くなった。太一さんには5歳と1歳になる息子たちがおり、神社のお祭りのテレビばかりを見ているほどのめり込んでいる。妻の琴乃さんは担ぎ手の人と一緒になりたいと思っていた。太一さんは、妻の支えが一番大きいと話す。琴乃さんの兄・裕人さんは太一さんと同い年で、子供のころから祭りなどで交流があった。
全国でも珍しい、神輿の乗せるだけの御座船。塩竈みなと祭は1948年、戦後の復興と水産業の発展を願い始まった。2011年の東日本大震災で御座船も津波で押し流された。当時、市職員として船の管理をしていた吉岡一浩さんは、船は傷が結構ついていたが致命的な傷ではなかったと話す。震災によって祭りは中止が危ぶまれたが、この年も海を渡り、復興を願った。現在、2隻の御座船は経年劣化のため、今年が最後の渡御に。市や祭りの協賛会などが資金を集め、今年春、新たな船を作ることになった。
塩竈みなと祭の前日、神社に氏子が集まった。佐藤太一さんの長男・蓮真ちゃんの姿もあった。太一さんは、自身と同じように蓮真ちゃんが担ぎ手として憧れを持ってくれたらと話す。祭り当日。太一さんの家族が見守るなか、神輿が神社の石段を降りる。神輿は街を通り港へ。海の安全と豊漁を祈願する人々の思いを乗せて松島湾をめぐる。最後の御座船を見送る人々の目に涙が浮かぶ。
今から21年前の2005年、佐藤太一さんの父・正和さんは担ぎ手として塩竈みなと祭を支えていた。父と一緒に担いだのは高校生の時。しかし、2014年に正和さんが62歳で亡くなった。太一さんには5歳と1歳になる息子たちがおり、神社のお祭りのテレビばかりを見ているほどのめり込んでいる。妻の琴乃さんは担ぎ手の人と一緒になりたいと思っていた。太一さんは、妻の支えが一番大きいと話す。琴乃さんの兄・裕人さんは太一さんと同い年で、子供のころから祭りなどで交流があった。
全国でも珍しい、神輿の乗せるだけの御座船。塩竈みなと祭は1948年、戦後の復興と水産業の発展を願い始まった。2011年の東日本大震災で御座船も津波で押し流された。当時、市職員として船の管理をしていた吉岡一浩さんは、船は傷が結構ついていたが致命的な傷ではなかったと話す。震災によって祭りは中止が危ぶまれたが、この年も海を渡り、復興を願った。現在、2隻の御座船は経年劣化のため、今年が最後の渡御に。市や祭りの協賛会などが資金を集め、今年春、新たな船を作ることになった。
塩竈みなと祭の前日、神社に氏子が集まった。佐藤太一さんの長男・蓮真ちゃんの姿もあった。太一さんは、自身と同じように蓮真ちゃんが担ぎ手として憧れを持ってくれたらと話す。祭り当日。太一さんの家族が見守るなか、神輿が神社の石段を降りる。神輿は街を通り港へ。海の安全と豊漁を祈願する人々の思いを乗せて松島湾をめぐる。最後の御座船を見送る人々の目に涙が浮かぶ。
住所: 宮城県塩竈市一森山1-1
URL: http://www.shiogamajinja.jp/
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