きょうは「あの人に会いたい」。今は亡き著名人の生涯や珠玉の言葉を伝える。去年、96歳で亡くなったアニメーション作家・久里洋二さん。NHK「みんなのうた」の楽曲映像や「ひょっこりひょうたん島」のオープニングも手掛けた。実験的な表現方法を次々と取り入れ、国内外で高く評価された。昭和3年、福井県鯖江市生まれ。小さい頃から絵を描くのが大好きだった。画家になるのが夢だったが、軍人だった父に猛反対される。入試には合格したが、父が失業したため就職。しかし、夢を諦めきれず、22歳で鎌倉へ。憧れの風刺漫画家・横山泰三の門をたたき教えを請う。やがて通信社や雑誌などで漫画を描き腕を磨いていった。大きな転機となったのが昭和33年に自費出版した「久里洋二漫画集」。この作品集で文藝春秋漫画賞を受賞し注目を集めた。多くの仕事が舞い込むようになった一方、もどかしさも感じていたという。1960年、アニメーション制作を開始し、作品「人間動物園」は海外の映画祭で11の賞を受賞。久里の作品はテレビでも広く親しまれた。昭和36年から続くNHK「みんなのうた」では38本のアニメーションを制作。さらに民法の深夜番組のアニメや特番のタイトルロゴなどを制作。60代に入ると、「20世紀の日本人の顔」というテーマで1000枚の人物画を描く挑戦を始めた。12年かけて1000枚を描きあげ展覧会を開催した。晩年は都内のアニメーション学校の講師として自分の培ってきた技術を若い世代に伝えた。
