1973年、世界を震撼させた事件が起きた。千代田区飯田橋にあった24階建ての高級ホテルで、後に韓国の大統領となる金大中が拉致された。警察は捜査本部を設置して捜索したが金大中は見つからず、部屋には食事をしていた痕跡だけが残されていた。そして、金大中は拉致されて5日後に韓国・ソウルの自宅前で見つかった。金大中はホテルで5~6人の青年たちに拉致され、彼らは流暢な韓国語を話していたこと、車に乗せられたことを証言した。奥田は殺そうと思って拉致したが無理になった理由がある、拉致して大阪まで運ばれ、そこに別班が関わっていたのではと考察する。
金大中は大阪湾の突堤に出入りしていた龍金号という船に乗せられ連れて行かれたとされている。金大中の証言によるとどこかの浜で小型ボートに乗せられ、1時間くらい行った先で大型の船に乗り換えた。船内で金大中は確実に殺されるであろう会話を聞いていた。しかし、船の上を飛行機が旋回し照明弾らしきもので威嚇。それを見た船員たちが殺害を中止したという。自衛隊や米軍はその日の夜に大阪湾沖に飛行機を飛ばした記録はなく、2007年に事件を再調査した韓国の機関がKCIAが関与した事件だと発表。事件当時の韓国大統領・朴正煕は軍事クーデターで実験を握った人物で、政権を批判し民主主義を唱える新星として現れたのが金大中。拉致される2年前の大統領選挙では朴正煕を脅かす存在になっていた。奥田は韓国の調査報告書に飛行機についての証言は「信憑性がない」と否定されいて、何かを隠そうとしているのではと考察する。
金大中の居場所を突き止め助けたのは別班ではと語る奥田。その根拠の1つ目は事件の1か月後に3つの新聞社から出た不思議な記事。金大中が拉致される前、拉致の実行犯とされるKCIAの金東雲が探偵社に金大中の捜索を依頼したという。この探偵社の社長は元自衛官で調査員も全員が元自衛官。さらに1か月後、週刊現代に探偵社を経営する人物の情報が書かれた記事が出た。そこには自衛隊にいたときの肩書は「陸上幕僚監部 第二部 別班」と書かれている。探偵社の社長は別班だったことは認めていないまま世を去ったが、探偵社の別班だったらしき人を取材した記者が書籍に残している。
奥田の考える別班の根拠の2つ目は2013年の共同通信のスクープ。
金大中は大阪湾の突堤に出入りしていた龍金号という船に乗せられ連れて行かれたとされている。金大中の証言によるとどこかの浜で小型ボートに乗せられ、1時間くらい行った先で大型の船に乗り換えた。船内で金大中は確実に殺されるであろう会話を聞いていた。しかし、船の上を飛行機が旋回し照明弾らしきもので威嚇。それを見た船員たちが殺害を中止したという。自衛隊や米軍はその日の夜に大阪湾沖に飛行機を飛ばした記録はなく、2007年に事件を再調査した韓国の機関がKCIAが関与した事件だと発表。事件当時の韓国大統領・朴正煕は軍事クーデターで実験を握った人物で、政権を批判し民主主義を唱える新星として現れたのが金大中。拉致される2年前の大統領選挙では朴正煕を脅かす存在になっていた。奥田は韓国の調査報告書に飛行機についての証言は「信憑性がない」と否定されいて、何かを隠そうとしているのではと考察する。
金大中の居場所を突き止め助けたのは別班ではと語る奥田。その根拠の1つ目は事件の1か月後に3つの新聞社から出た不思議な記事。金大中が拉致される前、拉致の実行犯とされるKCIAの金東雲が探偵社に金大中の捜索を依頼したという。この探偵社の社長は元自衛官で調査員も全員が元自衛官。さらに1か月後、週刊現代に探偵社を経営する人物の情報が書かれた記事が出た。そこには自衛隊にいたときの肩書は「陸上幕僚監部 第二部 別班」と書かれている。探偵社の社長は別班だったことは認めていないまま世を去ったが、探偵社の別班だったらしき人を取材した記者が書籍に残している。
奥田の考える別班の根拠の2つ目は2013年の共同通信のスクープ。
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