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「Reelin’ In The Years Productions」 のテレビ露出情報

94歳となった被爆者の森下弘は被爆当時14歳であり、全身大やけどを負った。森下はケロイドを当初は隠していたが事実を伝えていくために隠すことをやめ、教壇に立ち続けた。森下は平和学習に力を注ぎ、自宅にはその膨大な資料が残されている。被爆当時15歳であった切明千枝子は戦時中には軍需工場で働いており、戦争末期時には新しい軍服はなく、日本の勝利を疑ったことがあり、また亡くなった下級生たちの遺体を自分たちが火葬したのだなどと明かした。被爆当時生後8か月であった近藤紘子は広島流川教会の牧師の娘として生まれ、教会は被爆者たちの拠り所となっていた。近藤はたった一つの爆弾が広島に落とされたことでケロイドが残り、大人になったときにはB29から爆弾を落とした人たちを見つけ出して敵を絶対に討つと決めていたなどと伝えた。被爆者の救済活動でアメリカの番組に一家で出演した近藤はB29「エノラ・ゲイ」の副操縦士であったロバート・ルイスと対面し、涙して過ちを認め後悔する姿に自分と同じ人間だと感じ、憎むべきは戦争だと気付かされたのだなどと打ち明けた。
被爆当時4歳であった佐々木雅弘は当時2歳であった妹と被爆した。妹は10年後に白血病と診断され、千羽折ったら願いが叶うと信じて鶴を折り続けた。妹は12歳でこの世を去り、天に折り鶴を掲げる原爆の子の像は世界の平和を祈り続けていると伝えた。

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