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「SEPTEMBER」 のテレビ露出情報

竹内まりやは1978年にシングル「戻っておいで 私の時間」でデビュー。三枚目のシングルのSEPTEMBERで日本レコード大賞新人賞を受賞し1980年には不思議なピーチパイが大ヒット。クレイジーケンバンドの横山さんは竹内まりやの音楽を聴いた感想にかっこよくソウルフルなどと答えた。またその歌声はカーペンターズのカレン・カーペンターのように低音から高音までスムーズに伸びる声だと答えた。中西康晴は歌の説得力で王道のものがあうと答えた。1981年に竹内はPortraitをリリース後に活動休止。1984年に全曲作詞作曲が竹内まりや、山下達郎プロデュースのVARIETYが発表。そのレコーディングが行われた同時期にレコーディングをしていた坂本龍一さんがシンセサイザーなどで参加した。これまでの作品と大きく違っていた部分に山下達郎や加藤和彦や林哲司などが参加した作品で、すでに竹内は曲を描いていたが自作自演というイメージでなく、シンガーソングライターというイメージ付けがされたという。そのVARIETYの2曲目に選曲されているのがプラスティック・ラブ。そのレコーディングにベーシストの伊藤広規は通常のレコーディングはパート事の譜面が渡されるが山下達郎の場合は同じ譜面で演奏されるという。そうすることによりグルーヴが触発されすごく良いノリが生まれているという。
栗本は竹内のVARIETYは全曲山下達郎がアレンジとプロデュースをしている。山下達郎はその時期もヒットソングを連発させ勢いがあった時期だという。竹内の歌の世界観を当時の一番新しいサウンドで練り上げたという。中西は山下のカッティングギターの技術は日本一だと答えた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年6月22日放送 7:30 - 10:25 日本テレビ
シューイチ今昔NEWSイッチ
1970年代、多くのシンガー・ソングライターが誕生。日本の音楽シーンに新しい風を吹き込んだのが牧村憲一。その名を世に知らしめたのは、かぐや姫「神田川」。ディレクターとして関わり、等身大の声を描いたこの曲は多くの共感を呼びミリオンセラーを記録。さらに、当時無名だった山下達郎の才能にいち早く気づきソロデビューさせると、その数年後に竹内まりやもプロデュース。シティ[…続きを読む]

2024年11月3日放送 22:45 - 23:39 TBS
日曜日の初耳学インタビュアー林修
竹内まりやが、「クリスマス・イブ」はもともと山下達郎が自分のために書き下ろした曲だったと語った。島崎和歌子が、竹内まりやとカラオケで「駅」を歌ったエピソードを語った。竹内まりやは23歳でメジャーデビューし、SEPTEMBERで日本レコード大賞新人賞を受賞したが、デビューからわずか3年で活動休止した。

2024年10月26日放送 11:30 - 11:45 テレビ朝日
中居正広の土曜日な会昭和な会 ~秋スペシャル~
昭和54年リリースの竹内まりや「SEPTEMBER」。リリースから半年近くオリコンチャートトップ100に入り続け、この年の日本レコード大賞新人賞を獲得した。

2024年10月25日放送 10:25 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブルNEWS ドリル
竹内まりやは1978年にデビュー。その翌年、シングル「SEPTEMBER」(作詞:松本隆、作曲:林哲司)をリリース。1980年代には「不思議なピーチパイ」(作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦)が大ヒットを記録した。このころは他の人が書いた曲を歌っていたがその後は自ら作詞作曲する場面が増えた。「リンダ」はアンルイスへ提供した曲。山下達郎と1982年に結婚して以降[…続きを読む]

2024年10月24日放送 22:00 - 22:45 NHK総合
NHK MUSIC SPECIAL(竹内まりや Music&Life 人生の扉)
大学進学後、コーラスのアルバイトをしたことがきっかけとなり23歳で歌手デビュー。「不思議なピーチパイ」が大ヒットし、人気シンガーとしての地位を確立する。多忙を極めて音楽を楽しめなくなり、26歳で歌手活動を休止。山下達郎と結婚し長女を出産。家庭を営みながら、ソングライターとしての活動を始めた。1984年に歌手として復帰し、山下達郎をプロデューサーに迎えて現在の[…続きを読む]

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