火曜の良純孝太郎 (火曜の良純孝太郎)
早川徳次は昭和2年、東洋初の地下鉄を開業。ロンドン視察中に地下鉄に感銘を受け、東京の発展には地下鉄が不可欠と考え東京地下鉄道を設立。数々の困難を乗り越え浅草~上野間を開通させた。早川徳次は不可能と言われても「地下鉄は絶対必要」と諦めなかったという。資金難に苦しんだ早川を助けたのはデパート。デパートが資金提供することで地下鉄を延伸しデパートと駅が地下で繋がり収益増となった。銀座駅には2025年に大友克洋氏が原画・監修の「プロセッション スピン」が設置された。
