- 出演者
- 石原良純 小泉孝太郎 岩田絵里奈
今回のテーマは東京駅地下街。昭和12年に東京駅最古の地下道が誕生。それ以来地下鉄とともに発展。今回は総延長18kmの東京駅の地下を端から端まで歩き大冒険。
オープニング映像。
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東京駅地下の北端は大手町駅。大手町には平将門の首を供養する将門塚がある。伝説では京都へ送られた首が執念から空を飛び落ちたのが大手町だった。その後、塚を取り壊そうとする度に不幸な事故が相次いだことからビルが建ち並ぶ大都会のど真ん中で今も守り継がれている。大手町駅から伸びる地下道は帝国ホテル東京まで続く。不自然に上下する通称・行ってこい階段は12段下り短い通路を挟んで再び12段下りる構造になっている。
地下鉄東西線のホームの上にある行ってこい階段の上には丸ノ内線がある。既存の丸ノ内線と計画中だった総武快速線の間に無理やり東西線を通したため複雑な階段になったという。5つの主要幹線に対し線路の増加や他社との直通運転などで輸送力を大幅に強化した通勤五方面作戦によって当時の混雑率300%から現在の200%まで減少。
大正3年東京駅開業で丸の内はビジネスの中心地へ。大正12年には丸ノ内ビルヂングが誕生。地上の混雑緩和のため東京駅~丸ビルを結ぶ約100mの地下道が作られた。アーチ型の梁は開通当初は2m間隔に40本並んでいた。明かり取りの穴は地下道入り口に自然光を取り入れるための穴だったとされる。丸の内地下空間は昭和31年丸ノ内線開業をきっかけに拡大。
昭和40年開業、ヤエチカは約180店舗が並ぶ日本最大級の地下ショッピングエリア。良純孝太郎はヤエチカを散策しリーガルを訪れた。コインローファーの切り込み部分に1セント硬貨をはさんで履くのが流行した。
八重洲の地名の由来は1600年に日本に漂着したオランダ人航海士ヤン・ヨーステン。オランダ語を日本語に通訳し徳川家康に重宝された。ヤン・ヨーステンの和名・耶楊子からやがて現在の八重洲に。関東大震災のあと街の再開発が行われ八重洲の地名が現在の場所へとなった。八重洲は江戸時代は町人のまちだったという。
ヤエチカがT字になっている理由は震災後の復興事業で八重洲通りが誕生しもとからある外堀通りと繋がった。地権者が多く土地の買収が困難だったため公道の下に地下街が誕生した。昭和45年開業「アロマ珈琲」はヤエチカで最古の喫茶店。高度経済成長とともに一般家庭にも車が広く普及し渋滞解消のため地下駐車場が必要に。地下駐車場の開発費用を回収するため地下街が誕生した。「アロマ珈琲」の天井の上には駐車場スロープがある。
昭和48年、八重洲線は八重洲駐車場と直結し首都高から出ずに同乗者の降車が可能に。2025年日本橋区間地下化事業のため閉鎖。今回は特別に立ち入り禁止エリアへ潜入。首都高は八重洲線を使い都心環状線を新地下ルートに作り替えるという。日本橋区間地下化は地上にある首都高を地下に通し景観を取り戻す計画。
グランスタ東京は国鉄民営化によって誕生。エキナカ施設は平成17年にエキュート大宮から始まり今では駅の新たなスタイルとして広く浸透した。
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飲食店を経営する飯田彩加さんの幸福時間はぬいぐるみづくり。知人らから着なくなった服などをもらいクマのぬいぐるみをこしらえる。2歳の時にクマのぬいぐるみをもらって好きになり様々なグッズを集めた。6年前に自分でも作りたいと始めた。知人の雑貨店にも置いてもらっている。
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- 水戸市(茨城)
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