映像の世紀バタフライエフェクト (映像の世紀 バタフライエフェクト)
シークレットサービスが大統領の警護を始めたのは1902年のセオドア・ルーズベルトの時だったという。当時、すでに3人の大統領が暗殺されていることから議会が警護を要請したのだという。その後はフランクリン・ルーズベルトやハリー・トルーマンなども暗殺対象として狙われた。
シークレットサービスが大統領を護衛するようになってから50年。シークレットサービスが大統領を警護することが法で定められた。1961年になるとジョン・F・ケネディが大統領になった。ジョン・F・ケネディは全国への遊説が多く、さらにケネディの女性関係にシークレットサービスは悩まされたという。そして1963年にジョン・F・ケネディは暗殺された。ジョン・F・ケネディはシークレットサービスが警護を始めて以来、ただ1人暗殺された大統領になった。さらに暗殺を実行したリー・ハーヴェイ・オズワルドが逮捕されたが、彼も暗殺されて真相は謎のままになった。
シークレットサービスのクリント・ヒルは勇敢な行動が称えられて政府から表彰された。ただクリント・ヒルに笑顔はなく、その3週間後にヒルは海で自殺を図っている。そしてヒルはアルコール依存になっていきて、長い間家族以外誰とも会わなくなっていったという。
1968年にロバート・ケネディが大統領予備選に立候補して遊説を行っていた際に暗殺された。当時、シークレットサービスはついてなかった。大統領候補者は警護対象外だったためだ。その後、シークレットサービスの警護対象に大統領候補と副大統領候補が加えられた。
1981年にロナルド・レーガンが大統領に就任した。当時シークレットサービスを指揮していたのはジェリー・パー。大統領就任から2か月後に暗殺未遂事件が起きた。そこでティム・マッカーシーは大統領の弾除けになり重傷を負った。この事件はアメリカの銃社会を変えるきっかけになった。1993年にブレイディ法が成立し、これは画期的な銃規制法になった。
2001年にアメリカ同時多発テロ事件が起きた。シークレットサービスはワシントンの安全が確保できないと判断し、ブッシュ大統領を飛行機内に留めることを決めて、9時間飛び続けた。このあとシークレットサービスの業務は拡大し、組織的なテロ対策にも対応することになった。また無差別テロ対策として国境警備や諜報活動が優先されて、シークレットサービスの予算は削減されて弱体化した。
警護対象が広がり、危険な任務に似合わない報酬で2022から2023年に1400人以上が退職している。そして2024年のアメリカ大統領選挙にドナルド・トランプが銃撃されて負傷した。このことでシークレットサービスは批判されたが、クリント・ヒルはシークレットサービスを擁護した。クリント・ヒルは「民主主義国アメリカの要である大統領を守るのが我々シークレットサービスの使命なのだ」と語った。
- キーワード
- ロナルド・レーガンマリリン・モンローフランクリン・ルーズベルトビル・クリントンハリー・S・トルーマンジョン・フィッツジェラルド・ケネディジャクリーン・ケネディ・オナシスドナルド・ジョン・トランプニューヨーク・タイムズアメリカ同時多発テロ事件ジョン・ヒンクリーリー・ハーヴェイ・オズワルドセオドア・ルーズベルトアメリカ合衆国大統領選挙ブレイディ法ジェームズ・ブレイディクリント・ヒルジェリー・パージョージ・W・ブッシュリンドン・ジョンソンロバート・ケネディジュゼッペ・ザンガラシークレットサービスの掟キンバリー・チートルシークレットサービスの物語オスカル・コジャーソサーハン・サーハンティム・マッカーシーレスリー・コフェルト
