- 出演者
- 濱家隆一(かまいたち) 生野陽子 山内健司(かまいたち) 長嶋一茂 ギャル曽根 川上千尋
レトルトカレーにみりんを入れると味わいが良くなる。電子レンジで500W・1分加熱しアルコールを飛ばし、盛り付けたカレーに大さじ1かけるだけ。
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- Yahoo!知恵袋
ブドウの房を簡単に外すには保存袋。房ごと入れて15秒振るときれいに取れる。
汚れた揚げ油をキレイにするにはジャガイモ。皮ごと揚げると残りがくっついていく。ジャガイモのデンプンに粘着性があるため。ジャガイモは汚れをとれば食べられる。
風船の膨らみを数日維持するにはヘアスプレー。かけるだけで2週間もつ。
浅草にはすき焼きの名店が10店舗以上。きっかけは福沢諭吉。江戸時代は肉を食べるのが一般的ではなかったが、明治の文明開化で牛肉が解禁され肉付きの福沢が肉食を広め一般化。観光地・浅草で開業ラッシュが起こった。
醤油ラーメンは浅草発祥。明治時代に1日3000人の来客があったという浅草来々軒がその発祥。それまであった中華料理・南京そばに醤油を入れてマイルドにしたのが始まり。ラーメンどんぶり定番の柄「雷紋」もここ発祥。中国で演技の良い柄。
東京・浅草「河金」は大正7年創業。カツカレーの発祥店。客からの「カツとカレーを一緒に食べたい」との要望で生まれた。
「金太楼鮨 浅草中央店」は大正13年創業。大将のうっかりミスによりこの店で生まれたのがネギトロ巻き。きっかけはマグロにネギを落としてしまったこと。これに使われる板状の海苔も浅草発祥。それまで生で食べられていたが、江戸時代に浅草で盛んだった紙漉き技術を応用し現在に至る。
東京・浅草の人気店「紅鶴」。きっかけはジャスティン・ビーバーがお忍びで食べに来たという話から、外国人観光客にも人気。名物はベーコンと目玉焼きのパンケーキ。
浅草花やしきは1853年開園、現存する遊園地として日本最古。開園当時は植物園。1886年ごろは動物園に転換。当時は動物を鑑賞するのが流行していた。1923年の関東大震災で営業できなくなり遊園地にリニューアル。船型の乗り物で空中散歩できるアトラクション「スカイシップ」には1隻だけ黒い船がある。花やしきが黒船来航の年に開園したことにちなんでいる。「パンダカー」は花やしき発祥。
浅草寺のシンボル「雷門」。正式名称は提灯の裏側に書いてあるとおり「風雷神門」。横には風神雷神が鎮座している。この通称が一般化したのは200年以上前。門の裏側には天龍・金龍という水の神を表す2つの御神体がある。かつて浅草は木造建築が密集し火災の弱い街だった。門も幕末に火災で焼け落ちたが、パナソニック創業者・松下幸之助の尽力で再建。きっかけはここで祈り自身の神経痛が治ったこと。今も10年ごとに提灯を新調。
東京・浅草の人気店「紅鶴」より、ジャスティン・ビーバーがお忍びで食べに来たという話もある名物はベーコンと目玉焼きのパンケーキをスタジオで試食。食べられるのはじゃんけんで勝った1人だけ。勝ったのは山内。
浅草寺のシンボル「雷門」。年に一度は提灯が畳まれる。すぐ横にある浅草神社の三社祭で神輿が通る日。浅草寺本堂の提灯にかかれているのは「志ん橋」と書かれているのは、江戸時代に人気スポットだった浅草に宣伝として新橋の地名が掲げられたことがきっかけ。地名は「あさくさ」なのに寺は「せんそうじ」と読むのは中国の仏教に由来。浅草寺は都内最古の仏教寺院で、仏教は中国伝来のため中国発音の音読みで読む。本堂に飾られている500kgの巨大わらじは魔よけ。これを見た魔物が驚いて去っていくとの言い伝え。10年ごとに山形県から奉納されていて、輸送会社が浅草寺との縁を大事にしているので輸送費は5円(御縁)。境内は24時間開放されている。よる9時以降は仲見世通りの店が締まり、シャッターに描かれている「浅草絵巻」を見られる。
浅草周辺にはさつまいもスイーツ店が20店舗以上。「おいもやさん興伸」は広瀬すずがお気に入り。「舟和」は芋羊羹発祥の店。「芋ぴっぴ」の焼き芋ブリュレは糖度50度以上の焼き芋を使用。江戸時代は浅草~川越で舟運が発達。サツマイモ名産地・川越から良質なものがたくさん届いていた。舟和はカントリーマアムやサクマ製菓「いちごみるく」とコラボ。
浅草「待乳山聖天」では参拝客が大根を持参。大根をお供えするとご利益があるとされている。大根はこころを清らかにするとされている。江戸時代から続く風習。大根は境内で購入できる。奉納された大根はお下がりとして持ち帰ることができる。
アサヒグループ本社の隣りにある金のオブジェ。イメージは聖火台の炎。1989年、新世紀に向けて躍進するアサヒビールの「心の燃える炎」を象徴。炎の横にある本社ビルはビールジョッキをイメージ。
