- 出演者
- 有田哲平(くりぃむしちゅー) 名倉潤(ネプチューン) 堀内健(ネプチューン) 福田充徳(チュートリアル) 徳井義実(チュートリアル) 上田晋也(くりぃむしちゅー) 原田泰造(ネプチューン) 賀来賢人
ゲストは賀来賢人。30歳手前までは苦しい生活をしていた。徳井とドラマ「Nのために」で共演していた頃は最も辛かった時期。水道が止まったことも。コンプレックスから叔母で女優の賀来千香子とは共演NGにしていた。叔母が出演する作品は見ていた。学園ドラマで一度だけ共演。賀来が女装する回に叔母がゲスト出演した。叔母は92年の大ヒットドラマ「ずっとあなたが好きだった」で主演。共演NGにされていたことは知らず、叔母のほうからも「身内と芝居するのは照れくさい」と共演NGにしていた。叔母は学園ドラマでの共演について「今までで一番やりにくい相手」と振り返る。賀来は叔母を「チーちゃん」と呼ぶ。賀来は礼儀が厳しいとされる京都・太秦撮影所での撮影の際、賀来千香子の甥ということで「坊や」と優しくされた。
ブレイク前は舞台に出演することが多かった賀来。喜劇への出演も多く、共演者のなかで自分だけがスベることもあった。共演者の古田新太や池田成志からのアドバイスで改善、以来毎公演教えを請うようになりウケも増えていった。役者人生の指針となっているのは福田雄一監督からもらった「喜劇をやっているのを強みにしたらどうか?」という言葉。それまではイケメン実力派として売れようと考えていた。この頃毎日福田監督に食事に連れて行ってもらっていた。
賀来がブレイクするきっかけになったのは29歳で出演した学園ドラマ「今日から俺は!!」。一回り年下の高校生を演じるにあたり、老けているように見えないよう1週間水だけダイエットをして8kg減量。原作は80年代の大ヒット不良マンガ。賀来演じる主人公は「どんなことをしてでも勝つ!」が信条。共演は橋本環奈、若月佑美など。当時無名の俳優も多く出演。劇場版は興行収入50億円超え。主題歌「男の勲章」は子どもがダンスを真似するなど社会現象に。
賀来がブレイクするきっかけになったのは29歳で出演した学園ドラマ「今日から俺は!!」。30歳までに売れなければ辞めようと思っていた。売れるチャンスはそれまでにもあった。その1つは新垣結衣とドラマ「らんま1/2」で主演したこと。佐藤健や松坂桃李など周囲の同期や後輩が先に売れていくのも悔しかった。当時「辛酸なめ組」として仲が良かったのは仲野太賀、中村倫也など。仲野とは「今日から俺は!!」でも共演。撮影中は毎日食事に行き、「絶対売れるぞ俺たちは」と誓い合っていた。ドラマは有名な出演者がいないことから当初ヒットしないと予想されていて、見返そうと頑張っていた。当時の共演者とは今も仲良し。
賀来賢人の経歴を紹介。東京出身の36歳。07年、17歳で俳優デビュー。10年後、人気不良マンガ「今日から俺は!!」のドラマ版に主演し大ブレイク。自身で原案・プロデュースを務めた主演ドラマ「忍びの家」は世界的大ヒット。日本人俳優として初めて米大手事務所「Artists First」と契約。
賀来がブレイクするきっかけになったのは29歳で出演した学園ドラマ「今日から俺は!!」。その共演者と監督がスタジオに登場。監督は賀来が売れていないころ食事をごちそうしていて、「今日から俺は!!」の撮影中は他の共演者の分も払っていた。賀来は役作りで痩せていたが、撮影初日に監督から「太ってください」と命じられた。「頬がコケると笑えないから」という理由で、毎日食事に連れて行って太らせていた。栄養不足で吹き出物ができた際には、ロケ地の近くにあった監督の友達が営む皮膚科に連れて行っていた。アドリブで撮影するシーンではテストと本番で違うことをしていた。
賀来がブレイクするきっかけになったのは29歳で出演した学園ドラマ「今日から俺は!!」。その共演者と監督がスタジオに登場。撮影中に賀来の誕生日を迎え、現場でケーキを出してお祝い。賀来はその際、「20代は辛かった」「こんな幸せな作品に参加できてすごく嬉しい」と話していた。食事に行っても芝居の話ばかりしていた。当時ブレイクしていなかった賀来を主演に決めたのは監督。決め手は小栗旬主演ミュージカル「ヤングフランケンシュタイン」での演技。登場人物は髪型が特徴的で、伊藤健太郎はセットを落とすのに毎回3時間ほどかかっていた。賀来が共演者に出していたキッチンカーは事務所が出していたもの。仲野太賀との演技合戦のシーンでは互いに熱い思いを持っていて、リハーサルで張り切りすぎて本番で声が出なくなった。
賀来がブレイクするきっかけになったのは29歳で出演した学園ドラマ「今日から俺は!!」。その共演者と監督がスタジオに登場。柾木は今作でアドリブ初挑戦。賀来らの演技が強すぎてついていけなかったという。原作者の西森先生が現場に遊びに来た際、撮影終わりにみんなですき焼きを食べに行った。柾木は行きの道中で「今日は俺に任せて」と豪語するも、宴会中は一言も喋れず。鈴木が演じたのは敵対する役柄でふざけられず、賀来らが羨ましかったという。橋本環奈は監督からの指示で顔芸を連発。共演していた若月は心を折られていた。愛原はどうにかしてウケるように演技を頑張っていたが全然上手くいかず。
賀来がブレイクするきっかけになったのは29歳で出演した学園ドラマ「今日から俺は!!」。その共演者と監督がスタジオに登場。ドラマではゲスト俳優が豪華。「賀来が初出演ならぜひ協力させてくれ」と出演が決まっていた。監督が印象深いのは、賀来が磯村勇斗と戦い「これで俺が千葉最強だかんな」と言うシーン。
賀来がブレイクするきっかけになったのは29歳で出演した学園ドラマ「今日から俺は!!」。その共演者と監督がスタジオに登場。監督が印象深いのは、賀来が磯村勇斗と戦い「これで俺が千葉最強だかんな」と言うシーン。このあと売れることを確信したという。下積み時代に食事に連れて行った際には必ず「うまい焼肉をおごりたい」と言ってくれていて、今作でブレイクした直後に焼肉を奢った。オープニング曲「男の勲章」はダンスがSNSでヒット。出演者は今作以降、町で子どもたちから声をかけられることが増えた。
4年前に独立した賀来。きっかけはコロナ禍。「エンタメは不要」という風潮で不安を抱えていた頃、自らプロデューサーをやろうと独立。マネジャーは地元の後輩。芸能の知識がある人と一緒では辞めた意味がない、という思いから。24年の主演・原案・プロデューサーを務めた「忍びの家」は世界的ヒット。発想の原点は忍者村が外国人に人気だったこと。監督いわく賀来は普段はおちゃめだがプロデューサーとしては強い意見も言う。
米大手事務所「Artists First」と日本人初の契約を結んだ賀来賢人。ほかに所属しているのはジョン・トラボルタ、「ウィキッド」で監督のジョン・M・チュウなど。きっかけは自身が主演・制作したドラマ「忍びの家」が世界配信されたこと。一時期はハリウッドのトップと連日ミーティング。日本人で米国に来る俳優は少なく、「もっとそういう人が欲しい」という需要を感じたという。
「月曜から夜ふかし」の番組宣伝。
「ザ!世界仰天ニュース」の番組宣伝。
映画「Never After Dark/ネバーアフターダーク」は6月5日公開。
賀来の叔母・賀来千香子からビデオメッセージ。「偉くて立派」「仕事を家族を大事に体にだけ気をつけて頑張って」など。
