- 出演者
- 今田耕司 堀田真由 村重杏奈
オープニング映像。
村重杏奈が福岡県にある「IZBA」を訪れた。建築、サウナ、料理などロシアの文化を体験できる施設。以前にラジオ番組で共演していたマキナ・アルビナさんと再会した。村重の母はロシア人。村重は日本で生まれ、生後3か月から6歳までロシアで暮らした。小麦の生地でひき肉を包んだロシア料理「ペリメニ」を食べた。現在はレストラン改装中のため料理の提供は休止中。食後はサウナへ。ロシア式サウナバーニャは白樺の葉「ヴェーニク」で身体を叩くのが特徴。日本とロシア2つのルーツがあることにコンプレックスを感じていた時期もあった。目が青いので黒いカラコンをしてなるべく日本寄りにしていたという。
村重杏奈はHKT48の一期生として中学1年生(13歳)でデビュー。山口県にいたが、アイドル活動のため博多へ移住した。デビュー前のレッスン時に通った博多区中洲を再び訪れ、当時を振り返った。福岡に1人で来ることに母は反対だったので、センターになるため死に物狂いでレッスンしていたという。Perfumeを輩出したアクターズスクール広島のオーディションでグランプリを受賞したこともあり、13歳で成功だけを信じて山口から転校した。アイドルとして大人気になると思っていたが、いじられることが多く、周りとどう接して良いか分からなかった。そんな状況でも声をかけてくれた女子たちとは今でも親友だという。
村重が友人たちと集まる行きつけ「餃子屋 弐ノ弐」を訪れ、中学からの友人たちと夕食。エビチリ、きゅうり、くらげが定番メニューだという。友人たちが当時の村重について語ってくれた。
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- 大名(福岡)餃子屋 弐ノ弐 大名店
村重杏奈がHKT48劇場を訪れた。来るのは卒業後4年半ぶり。HKT時代を振り返った。2011年11月に劇場デビュー。お転婆な性格で可愛いことができず、ファンが求める姿になれなかった。自分はアイドルに向いていないのかもしれないと苦悩し、新しいアイドル像を模索し続けた。当時よく訪れていた大濠公園のベンチに座ってHKT時代の挫折を語った。デビュー以来連続で選抜入りしていたが、4枚目のシングルで選抜から落ちた。アイドルを辞めようと思って実家へ帰ったら、父は認めてくれず、「明日始発で帰りなさい」と言われ、泣く泣く福岡へ戻った。目標へ向かって一直線の同期と違い、親友たちは良い意味で目標が定まらずふらふらしていたのが救いになったという。適当な扱いが嬉しかったと振り返った。MCで人気メンバーや後輩をイジることでファンから感謝されるようになり、ファンが感謝を伝えるために握手会へ来るようになった。「楽屋」はネタの宝庫で、村重は「楽屋番長」と呼ばれるようになった。劇場でHKT時代の後輩たちと再会した。
村重杏奈が福岡時代を支えてくれた親友たちに感謝を語った。
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