- 出演者
- 博多大吉(博多華丸・大吉) 博多華丸(博多華丸・大吉) 井桁弘恵 熊元プロレス(紅しょうが) 大橋和也(なにわ男子)
船内で新型コロナウイルスの集団感染が発生したダイヤモンド・プリンセス。14日間の船内隔離措置を余儀なくされ712人が感染、14人が亡くなった。当時夫婦で船に乗っていたケント・フレイジャーさんは隔離生活の一部始終を撮影しそれがドキュメント映画化されアメリカで注目されている。パニックに陥った船でケントさんが救われたという日本人クルーがいた。
オープニング映像。
世界56の国と地域から乗客2666人、乗員1045人が乗っていたダイヤモンド・プリンセス。16日間かけて東南アジアなどをめぐり再び横浜に帰ってくる予定だった。しかし香港で下船した乗客が新型コロナに感染。2020年2月5日、乗客乗員10人の感染が判明。日本政府は14日間の船内隔離を決めた。船に乗り込み対応にあたったのは災害派遣医療チームDMAT。当時夫婦で乗船していたケントさんの妻・レベッカさんも感染し過酷な隔離生活が始まった。
夫婦でダイヤモンド・プリンセスに乗船していたケントさんの妻・レベッカさんがコロナに感染。未知のウイルスに侵された最愛の妻と離れ離れになりたった一人の隔離生活が始まった。夫婦で乗船していた多岐沢よう子さんは夫が感染し搬送先の病院で他界した。隔離が長期化する中、船から飛び降りようとする乗客もいた。船内隔離から6日目以降、新規の感染者数はさらに伸び検疫官や救急隊員も感染。
乗客のために働き続けたのは医療スタッフだけではなかった。様々なクルーが乗客を支えていた。船専用チャンネルではクルーが船内に明るい笑顔を届けていた。ケントさんはエンターテインメント部門で働くハヤシユマさんの笑顔に救われたという。
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ケントさんの隔離生活は2週間が過ぎ、2020年2月22日に隔離生活が終了。無事に回復した妻・レベッカさんとともにアメリカへ帰国した。今回夫婦2人で来日したケントさんとレベッカさんは5年前に言えなかった感謝を伝えるためハヤシユマさんとの再会を目指す。ダイヤモンド・プリンセスの運営会社に問い合わせたところユマさんは契約が切れ現在は在籍していないという。調べを進めると静岡県に元同僚がいるとの情報を得た。ダイヤモンド・プリンセス元クルーの常盤さんによるとユマさんの現在の居場所は大阪とのこと。常盤さんに待ち合わせの約束を取り付けてもらい夫婦は大阪へ向かった。
ケントさんが感謝を伝えたかった林由真さんと大阪・道頓堀で再会。由真さんはアメリカのディズニーワールドのジャパンパビリオンなどで働き今年は大阪・関西万博のフランスパビリオンでも働くなど世界中の人をもてなしていた。
ブラジルから35年前に来日した日系2世のサチエさん。育児に悩み勤めていた食品工場の仕事を辞めることを決断。職場の同僚・大久保さんから今辞めたら後悔すると言われ、その後30年近く同じ職場で働き続け定年まであと2年。大久保さんとは十数年前から別の部署になり顔を合わせる機会も少なくなっていた。そこで勤務先に事情を伝えるとこの日出勤していた大久保さんがサチエさんと面会する時間を作ってくれることに。サチエさんは大久保さんに30年近く言えなかった感謝の気持ちを伝えた。
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北関東を横断するように多くの外国人が暮らす町があり約16万人が暮らしている。なにわ男子大橋&紅しょうが熊元が北関東で日本人に感謝している外国人を大調査。茨城・常総市を訪れた熊元はブラジルから32年前に来日した大底デレザさんに話を伺った。感謝したいのは日本人の夫とのこと。
群馬・大泉町で出会ったのはブラジルから25年前に来日した日系4世のチエミさん。小学生時代に日本語を教えてくれたイチカワ先生に会いたいとのこと。当時通っていた東部小学校に電話をかけて調べてもらったところイチカワ先生本人と連絡がとれたという。イチカワ先生とビデオ電話をつないで21年ぶりに対面し感謝を伝えた。
小学5年生のスリランカ人のヒロシャンくんは保育所のオオコシ先生に会いたいという。運動会のリレーで転んだ時に助けてもらったという。当時通っていた二の宮保育所を訪れて事情を説明。オオコシ先生は約2年前に別の保育所に異動したとのことで異動先の岩崎保育所を訪問。オオコシ先生と再会したヒロシャンくんは感謝の思いを伝えた。
トルコから34年前に来日したジノグル・ハサヌさん。来日したものの仕事を紹介してくれるはずだった友人が音信不通になり路上生活を始めて2週間、寒さと空腹に耐えられず藁にも縋る気持ちでたどり着いた居酒屋で店主のコンドウさんがご飯を食べさせてくれたという。中でも忘れられない味は初めて食べた日本のカレーライス。その後仕事が見つかり、3か月ほど働いてお金を返そうと再び店を訪れたハサヌさん。しかしコンドウさんは決してお金を受け取らなかったという。その後ハサヌさんはケバブの店を開店し、コンドウさんのように困っている人を助けたいと子ども食堂でケバブを無償で提供している。今回、コンドウさんに感謝を伝えるため店を奥さんに任せハサヌさんと一緒に居酒屋があったという埼玉・嵐山町を目指す。
ハサヌさんの記憶を頼りに居酒屋を捜すがそれらしき店が見当たらない。近所のお店に聞いてみると、現在ダイニングバーになっている場所に数年前まで居酒屋があったという。50年営業を続けているという2階の喫茶店で聞き込みをすることに。
34年前、無一文だった時にご飯を食べさせてくれた居酒屋の店主を捜索。元々居酒屋があった建物の2階の喫茶店を尋ねると店主・権田さんが居酒屋を経営していたことが分かった。コンドウという名前はハサヌさんの聞き間違い。出会った当初、権田さんは1階の居酒屋と2階の喫茶店の2つの店を切り盛りしていた。居酒屋は27年前に閉店したものの喫茶店は50年間営業を続けている。居酒屋がなくなった今でも名物のカレーライスは健在。ハサヌさんは思い出の味のカレーライスを味わって権田さんと再会を誓った。
2021年1月11日、神奈川新聞の一面に掲載されたのはメイドのタミさんを捜すアメリカ人女性の記事。ケアリー・シーさんがタミさんを捜し続けていることを聞きつけて新聞社が記事にしたがいまだ有力な手がかりはなし。ケアリーさんは生後6カ月から7歳まで横浜にある洋館で育ち、日本での生活で心の支えになったのがメイドのタミさんだった。1964年、ケアリーさん一家はアメリカへ帰国しそれ以来タミさんに会えていないとのこと。60年前に暮らしていた山手133番館は解体寸前だったが洋菓子店「横浜モンテローザ」が景観保護のために購入・復元していた。住み込みだったタミさんの部屋は離れの4畳半の和室。タミさんの部屋の下にはケアリーさんも知らなかった謎の和室があった。
ケアリーさんがかつて住んでいた洋館には謎の和室が。柱には中島昭と彫られていて、タミさんとともに住み込みで働いていたコックさんの名前かもしれないとのこと。4年前、新聞に掲載された時に3件の情報が集まったがケアリーさんが捜しているタミさんの情報とは不一致だったという。洋館周辺で当時から営業を続ける老舗で聞き込み調査をしたが有力な手がかりはなし。また老舗のレストランやホテルに「中島昭」というコックさんについても調査したが有力な情報はなし。タミさん捜しを始めて2カ月、ケアリーさんから1通のメールと写真が届いた。これをきっかけに事態が大きく動き出す。
メイドのタミさんを捜すケアリーさんから届いた1通のメール。アルバムに貼ってあった写真をはがすと裏にケアリーさんの母親のメモが残されていた。そこには「タミさんは看護師」と書かれていた。4年前の新聞で寄せられた情報の一つに動物病院の看護師をしていた「タニさん」という人物の情報があった。今回、タニさんの家族とコンタクトを取った。新聞社に情報を寄せたのはタニさんの長男夫婦。母親がタミさんに似ているという。本名は中村タニだが、タミコという名前で生活をしていたという。
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