- 出演者
- 野上慎平 坪井直樹 依田司 山本雪乃 住田紗里 斎藤ちはる 武隈光希 今井春花 佐々木若葉 入江あんな
パリで多くのショーを見た英恵の目に特別に映ったのは「CHANEL」で、数少ない女性デザイナーであるココ・シャネルの作品を見て「女による女のための服だ」と思いスーツをオーダーしたという。ココ・シャネルは「日本は年中太陽でいっぱいだから」とオレンジのスーツを強く勧めたというが、派手過ぎるためべージュのスーツとオレンジのブラウスをオーダーしたという。このスーツを英恵は生涯大切にしていたという。真住さんは「1ドルが360円の時代で、オートクチュールの服が何千ドルもする時代。パリから自宅に『カネ、オクレ』という電報を送ったと伝わっている」などと語った。
日本のファッション界で地位を築いた英恵は世界に進出し、1965年にニューヨークでショーを開催した。黒やモノトーンが流行していた当時、西陣織など日本の伝統的な高級生地を使って色鮮やかな作品を披露した。日本の生地を使うことに英恵の強い想いとこだわりがあったという。当時のアメリカはデパート文化で、上の階に行くほど並ぶのは高級品だった。日本製のブラウスは粗悪品として地下で1ドルで売られ、「ワンダラーブラウス」と呼ばれていた。英恵は日本の生地を使った作品を発表することで、日本製は粗悪品であるというイメージを払拭していったという。森英恵は「西洋人との違いをいかに磨き出して、同じ言葉で表現するかとやってきた」などと語っていた。英恵の象徴とも言うべきアイコンが蝶で、色鮮やかな蝶がドレスを彩る。
1977年、アジア人で初めてパリ・オートクチュール正会員となり、世界的なファッション雑誌「VOGUE」で特集された。1993年には当時の皇太子殿下御成婚に際し雅子さまのローブ・デコルテのデザインや、バルセロナ五輪日本選手団のユニフォームのデザインなど、国内外で活躍した。2004年、オートクチュール引退のショーでラストを飾ったのがウェディングドレスだった。英恵の孫の森泉が着たウエディングドレスだという。
森英恵の最後のファッションショーでの思い出が、孫の森泉との共演。まだモデル活動を始めたばかりの泉に、英恵が「歩いてみない」と声をかけ実現したそう。ランウェイを歩く泉の姿を、英恵はハラハラしながら見守っていたという。「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」は、国立新美術館で7月6日まで開催している。
きょうの関東地方はすっきりとした天気だが、昼と夜の気温差が広がりそう。きょうは上空の寒気が抜けて、午後にかけても晴れた状態が続きそう。最高気温は内陸で25℃以上、東京都心は5日連続の夏日となる予想。熱中症に注意。
