- 出演者
- 坪井直樹 佐々木亮太 角澤照治 依田司 斎藤ちはる 佐藤ちひろ 田原萌々 今井春花 佐々木若葉 入江あんな
専門家の間では、卑弥呼が眠るとされる箸墓古墳に近い纏向遺跡を都とする研究もある。畿内派の早稲田大学文学博士・渡邉義浩教授が注目する魏志倭人伝の記述と出土品が一致する。魏志倭人伝では「鬼道につかう」という書き方をしている。鬼道とはシャーマニズム(原始宗教)のこと。纏向遺跡の出土品は木の仮面と大量の桃の種。桃は中国の古文書で呪術的な扱いをされている。当時の甘くはなく酸っぱい。中国最古の詩集「詩経」(全305篇)には桃を投げて邪気を払うとある。シャーマンにとって桃はものすごく大事なもの。大量の桃の種はシャーマンの儀礼に使っていると考えられる。
早稲田大学文学博士・渡邉義浩教授の解説。宮内庁は「箸墓古墳」を孝霊天皇の皇女「倭迹迹日百襲姫命」の大市墓として管理している。モモソヒメは鬼道を行っていた。魏志倭人伝の正始8年(247年)の記録には卑弥呼の死の記述があるため247年以降に亡くなったと考えられる。研究では247~248年と推測されている。箸墓古墳の建造は240~260年と推定されている。モモソヒメと卑弥呼は同一人物の可能性も出てくる。魏志倭人伝では「円墳」と記されているとの指摘もあるが、箸墓古墳は前方後円墳。渡邉教授によると「中国の人から見ると円墳という考え方なので箸墓古墳が卑弥呼の墓でも全然驚かない」と主張。墓の基本は円墳、それ以外は付属という解釈。モモソヒメが卑弥呼ならば天皇でもないのに巨大古墳に葬られたのも理解できる。
早稲田大学文学博士・渡邉義浩教授は、日本書紀の作者は魏志倭人伝を引用したうえで卑弥呼の正体を隠していると指摘。魏志倭人伝では中心人物だった卑弥呼が日本書紀には登場しない。8世紀の日本書紀を書いた人々は引用部分もあり明らかに魏志倭人伝を読んでいるが卑弥呼は登場しない。卑弥呼の存在を消して一つは神功皇后に当てはめて、神功皇后が女性として政治を握っている姿をダブらせた。もう一つが箸墓古墳の主とされているモモソヒメではないかと考えている。朝貢重視の卑弥呼が天皇制に邪魔だったので存在を消したという説もある。卑弥呼を支える男弟の存在があった。モモソヒメには弟ではなく崇神天皇がいる。系図ではモモソヒメは崇神天皇の姑(おば)。日本書紀には「崇神天皇は倭迹迹日百襲姫命の占いにより大物主神を手厚く祀ると災いが収まった」との記載がある。崇神天皇が日本の事実上の最初の天皇という説もある。卑弥呼をモモソヒメとするなら弟を崇神天皇とし政治権力を最初に始めた人と書いたという推測が成り立つ。卑弥呼の後継者「イヨ」(記述によってはトヨ)。卑弥呼亡き後、男の王をたてるも国はまとまらず殺し合いもあり1000人も亡くなった。一族の世継ぎの女性である13歳のイヨ(トヨ)が国を治めたとの記載がある。トヨが「豊鍬入姫命」の可能性もある。
卑弥呼の死について「247年3月に皆既日食がおきて恐怖におぼえた人々が卑弥呼を殺した」との説もある。皆既日食で太陽が隠れたことが後に神話である“岩戸隠れ”となり卑弥呼は天照大神だったという説もある。
台風15号は日本の東海上を進んでいる。あすは関東から東北南部に接近・上陸のおそれが高まっている。水曜日にかけて列島を横断し木曜日には日本海で熱帯低気圧にかわる見込み。きょうは既に関東や東北の海に影響が出ている。海のレジャーに注意を呼びかけた。あすは大雨に加えて暴風にも警戒が必要。あさってには西日本でも雨が強まるところがありそう。
