- 出演者
- 武田鉄矢 天達武史 谷原章介 宮澤智 酒主義久 東中健 入江陵介
きのうまで続いていた雨模様から一転、きょうからは全国的に晴れも予報が続き、再び35℃を超える暑い夏が戻って来る。そこで注意が必要なのが「チャーハン症候群」。作り置きしたご飯類やパスタなどを温室で長時間放置した際に発生する「セレウス菌」を原因とした食中毒を示す。「セレウス菌」は100℃で30分加熱しても死滅しないという。おととし9月には青森県の弁当製造会社が作った弁当からセレウス菌などが検出され、全国で554人に腹痛や嘔吐の症状がでるなど大きな被害がでた。いとう王子神谷内科外科クリニックの伊藤委員長は「特に猛暑の今年は注意が必要」と指摘する。特効薬はなく、症状を改善するには点滴で経過を見るしかないという。
「危険な夏の食中毒あなたの疑問・体験談は?」を募集している。厚生労働省が発表しているセレウス菌による食中毒は気温が高い時期に多く発生している。セレウス菌に汚染されている食品は穀物、肉類、乳製品など多岐にわたるという。100℃で30分程度加熱しても菌は死滅しないという。症状は嘔吐型と下痢型がある。女子栄養大学短期大学部の平井教授は「菌が増殖する時間を与えないのが重要」と話した。「チャーハン症候群」の問題を答えた。
先週、横浜市のみなとみらいで花火大会で発生した火災。当時、パトロールにあたっていた海上保安庁の巡視艇に取材中だった「サン!シャイン」のカメラが密着していた。海上保安庁は日本の海域を11のエリアに分けて365日24時体制で安全を守っている。国内最大規模の海上保安部があるのが「横浜海上防災基地」。陸上職員だけでも約70人の海上保安官が在籍していて、さらに15隻の船が配備されている。今回取材したのは小型巡視艇「いそづき」。パトロールだけでなく、海上や沿岸における犯罪の取り締まりや海難救助などにも対応している。
「何だコレ!?ミステリーSP」、「ホンマでっか!?TV」、ドラマ「最後の鑑定人」の番組宣伝。
「隣のステラ」の告知。
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- 隣のステラ
海上保安庁の小型巡視艇いそづきを取材した。みなとみらいの花火大会のパトロールに密着した。「いそづき」内部にカメラを設置した。いそづきは花火を見る観覧船などへ安全を呼びかけるパトロールへ。船の位置を知らせる「航海灯」をチェックする。船6隻でパトロールを行った。開始時刻が近づくと危険な場面もあった。危険な船などを見つけた場合は現場全体に情報を共有し警備を強化する。打ち上げ開始から約10分後、無線から引火の情報が入った。乗組員が消火準備をする。炎上していた台船には5人の花火師が乗っていて、別の船が救助に向かった。いそづきは船同士の衝突なども考えられるため入念な注意喚起を続けた。今回の火災事故で1人が軽いけがをしたが、全員が救助された。いそづき・佐久間船長は「海で遊ぶこと自体は大変有意義な時間の使い方だと思う」などと述べた。武田は「頼もしいですね」などとコメントした。
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- みなとみらい(神奈川)海上保安庁
海上保安庁の職種は巡視艇などの船を動かす航海士・通信士など、沈没・転覆した船からの人命救助を行う潜水士、海難救助のスペシャリストである特殊救難隊がある。横浜の基地にのみ在籍する海上防災のプロフェッショナルである機動防除隊の訓練に密着した。
機動防除隊は海上保安庁でも横浜にだけ在籍するプロ集団。訓練の様子を特別に取材した。機動防除隊は任務などで有害物質などを取り扱う際は防護服やガスマスクを着用する。番組スタッフが防護服を体験。総重量は約15kgでスタッフは「着てるだけでめちゃくちゃ息しづらい」などとコメントした。有害物質を取り除く訓練では温度計測し、配管をふさぐ。階段の上から換気ダクトを下ろし、換気をする。訓練を終えた藤田隊員は「中は暑い」、今野隊員は「指先が不器用な感じになる」などと述べた。機動防除隊は1995年に発足。ダイヤモンドグレース号乗り上げの時は原油流出への対応などをしている。入江は「いろんな方面から僕たちを守ってくれている」などとコメントした。あすは猛暑の中、東京ディズニーリゾートで働く人々を取材する。
武田鉄矢が自ら書きためた現代に思うことをプレゼン。きょうのテーマは「戦後歌謡史」。1945年9月27日の出来事を伝える新聞の報道写真に写っている人物は3年9カ月に及ぶ太平洋戦争を指揮し、完膚なきまでに日本を叩きのめしたアメリカの大将軍・マッカーサー元帥。もう1人の人物は昭和天皇、当時44歳。現代で言えば岡田准一さん、星野源さんと同じ年齢。昭和天皇は歴代天皇の中でもこれほどの敗北を体験した天皇はいない。戦争によって約310万人が戦火の犠牲になり、写真は無条件降伏から1カ月ほど経ってマッカーサー元帥を訪問した1枚。写真は占領軍によって撮られ、数日後の新聞に掲載された。写真を見た歌人・斎藤茂吉は日記に「ウヌ!マツカーサーノ野郎」と書いた。天皇を写した写真は御真影と呼ばれ尊崇の対象だった。1枚の写真はすべての日本人に敗北を自覚させた一方、全く違う意味に解釈した人もいた。歌人・児島芳子は写真に「むつまじくマッカーサーと並み立たす一天万乗の君をおろがむ」という短歌を添えた。マッカーサーが天皇を守ってくれるのではないかと直感したという。マッカーサーは初対面の天皇の印象を「日本の最上の紳士である」と語っていた。また、「すべての責任は私にある」と答えた天皇に対し、マッカーサーは「感動した」とも語っている。「『象徴』のいる国で」の著者で戦後史研究者・文筆家・菊地史彦は「この1枚の報道写真から戦後昭和が始まった」と指摘している。
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- PHP研究所「象徴」のいる国でアメリカゲッティイメージズダグラス・マッカーサーマッカーサーと日本占領作品社児島芳子半藤一利国立国会図書館岡田准一岩波書店斉藤茂吉全集 第50巻斎藤茂吉星野源昭和天皇菊地史彦近代日本人の肖像
芸能界でも敗北と自由を背負って誕生したアイドルが12歳の美空ひばり。敗戦から4年後の1949年、兄が自ら作った歌を手がかりにして戦争でバラバラになった妹を懸命に焼け跡で捜すという初主演映画「悲しき口笛」が大ヒット。1950年の主演映画「東京キッド」でも母を失った少女を演じ、敗戦にひしがれた日本人に向かって懸命に歌い続けた。1952年の主演映画「リンゴ園の少女」では母を亡くした子が懸命に母を恋しく「リンゴ追分」を歌う。美空ひばりとは小さな自由の女神であった。1983年1月の「シオノギミュージック・フェア’83」で美空ひばりと武田鉄矢は共演し「素敵なランデブー」をデュエットしていた。歌謡界の女王とうたわれた美空ひばりだが、芸能レポーターの中には彼女の悪口を言う人がたくさんいたが、本人は優しく話しかけてくれたという。美空ひばりは生涯、昭和を背負い、空腹に飢え懸命に自分の歌を支えてくれた昭和戦後の人たちに命をかけて歌い続けた。
東京・お台場の中継映像を背景に全国の気象情報を伝えた。
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視聴者の声「においや味に違和感なければ大丈夫?」に対し、平井教授は「食中毒はにおいや味がなくても、全く普通と変わらなくても食中毒になるのでご注意ください」とコメントした。
